二年前70手前の父が突然亡くなりました。
子どもから見てもとても仲のよい夫婦でしたし、母の喪失感は私には想像も
及びません。そばに暮らしているので、さみしさを紛らわせる手伝いはできたのでは、と思っています。
我が家には取り組むべき重大な課題があり、それは何年かかかる作業です。
10分、20分ですが毎日時間を割く必要があり、精神力を要する作業です。
母の気持ちも慮り、これまではそろそろやらないとね、程度に話していま
したが、三回忌も済んで「もう始めないと」という話をしたところ
まだ自分の生活を取り戻すのが先でムリ。
子どもと妻では受けるインパクトが違う。
と言われました。
母も60代半ば。こんなこと考えたくもありませんが、何があるかわかりま
せん。2年で心が落ち着くことはないかもしれませんが、それではいつに
なったら・・・
もちろん個人それぞれだとは思います。
寄り添って、どこまでも。母が成し遂げられなければ、私が引き受ける。
私が親孝行として、「待つ」ことが必要なのでしょうか。
それを私に残すかもしれない。
確率の低い「かもしれない」よりも、いつか機が熟すのを待つ母。
「かもしれない」に手を打ってくれないことが、私の将来の負担の軽視
だと感じてしまう私。
丸ごと引き受けるだけの器を、私が持てばよい、ということなのでしょうか。
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