ふとある「お受験トピ」を読んで思ったのですが
昨今、子供に対する身体的・精神的虐待が問題にされる中
本人の意思とは別のところで、親が懸命になりすぎて
子供に過剰なストレスやプレッシャーを与えることが問題にならないのが気になりました。
たぶん根本的な言い分としては「将来役に立つことなのだから、虐待ではない」ということだと思いますが、これまたそういう強要的教育の弊害として、子供の情緒、価値観、性格などに変調をきたすリスクも、ニュースなどで絶えることなく知るところです
親として、自分たち亡き後も、子供が自分の力で生きていけるようにすることが至上命題であることは間違いありません。
しかしまだ、大人意識の芽生えとも言える思春期すら迎えないような段階で
「親の受験」と揶揄されながらも、子供に過剰な教育をすること
それを「将来の為」という言葉ですべて正当化できていいのか?とも思いました。
子供が自分で学業に打ち込めるよう、環境を整えてあげることは親の務め
しかし学業偏重の価値観を植え付けたり、望まぬ進学人生を与えることは
精神的虐待・モラハラと同じ側面もあるのではないですか?
私個人として子育てで思うこと、やはりわが子が心から笑える人間でいてくれることが望みですが
仮に恵まれた人生が約束されるのだとしても、将来1人の大人になる子供に
今の自分たちの都合や価値観を、そのまま与えたくないと思っています
たぶん、正解のない疑問ではありますが。
トピ内ID:7647653425