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昔の跡取りについて

レス11
(トピ主 0
ぺんぱる
ひと
 30代既婚女性ぺんぱるです。 今は、長男とか家を継ぐという意識がだいぶ薄れてきてはいますが、資産家や地主や継ぐべき稼業がある家などはまだ長男が継ぐことが多いと思います。  そこでふと気になったのですが、昔(戦前)の何も継ぐべき資産の無い家はどうしていたのでしょうか?  嫁を貰うにしてもそれなりの費用が必要ですよね?  息子と嫁やその子供を養うお金はどうしていたのでしょうか?  継ぐ物が全くない場合は廃家とかにしたのでしょうか?    また、長男以外の男子が結婚し別に家を持ち、男子が生まれた場合、その生まれた子は長男ですので、また結婚する時、長男として本家という事になるのでしょうか?  でも、その図式で行くと、どんどん枝分かれして長男が増えて本家が増えていくだけでは??  昔のことはどうだったのかな?と、ちょっと気になったものでトピを立ててみました。 どなたかわかる方がいたら、教えてください。  (ちなみに、私の家は全く資産の無い家ですので、子供に家を継がせる事は全く考えていません)

トピ内ID:2062723912

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今とは事情が違うから

041
50代
全く資産のない家ってそんなに多くないのでは? 昔は9割以上は農家です。 農地と家だけでも資産でしょう。 >息子と嫁やその子供を養うお金はどうしていたのでしょうか? この質問の意味がわかりません。 息子とその嫁、子供を養うのは親だということですか。 養うのはもちろん息子自身ですよ。(プラス嫁) 成人して結婚した息子は自分たちの食いぶちを稼ぐのはもちろん、親を養うのも当然とされていたんじゃないですか。 >その図式で行くと、どんどん枝分かれして長男が増えて本家が増えていくだけでは?? 江戸時代の平均子供数は2~3人でした。(ただし、生まれた子供数はもっと多いです。子供の死亡率が高かったので) だからどんどん本家が増えたわけではありません。 人口と家が爆発的に増えたのは明治以降です。 あと、トピ主さんは年齢的にピンとこないかもしれませんが、「家を継ぐ」とは資産を継ぐだけではないのですよ。 「家名」を継ぐということもあるし、「お役目」を継ぐということもあります。

トピ内ID:0332868938

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鍋釜ひとつ

🐷
かあしゃんはつらいよ
私もその時代には生きてないので、想像の域ですみません。 時代小説を読んでいると武家などでは「養子縁組」が結構出てきます。 次男、三男は娘しかいない武家に婿として入ったり、跡取りの居ないうちに養子に行ったりするようです。 そういう先のない「跡取りでない男子」は結婚もできず実家で「飼い殺し」のような暮らしになってしまうようです。 本家・分家も本家に跡取りが無い場合、分家の中から本家に養子に行ったと思われます。(逆に分家に長男がいないときは、本家の次男三男が養子に行く) 昔の法律では「長男が遺産のすべてを相続」となっていたはず。 なので、分家がそう枝分かれすることもなかったと思います。 >嫁を貰うにしてもそれなりの費用が必要ですよね? 農家なども跡取り以外は「働き手」としか扱ってもらえなかったでしょう。 嫁に行く方も「農業の手」として身ひとつで貰われていく状態では? 財産のないうちはいわゆる「鍋釜ひとつ」で所帯を持ったと思います。

トピ内ID:8440591476

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よく知りませんが

041
すい
子どもの死亡率が昔は高かったですよね 平均寿命も短かった 継ぐものがなくても墓や家は継ぎますよね 本家はどんどん増えます これは今でもそうではないですか? でも家が続いてくって大変なことです。 まず子どもが産まれないと行けない 子どもが健康に育たなくては行けない 家が絶えるなんてざらにあることです トピ主は既婚とのことですが結納はされましたか? 結納飾りにはもちろん意味があります 希望と願いが詰まってます それはつまり込められた願いが叶いにくい状況だったからでしょう

トピ内ID:3767716012

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分家

041
miye
昔の次男や三男は、分家として兄とは別に家や土地を分けてもらい、その長男が分家した家を継ぎ...ということで、本家ではなく、分家が増えて行くということになるのではないでしょうか。

トピ内ID:8509953073

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家を継ぐ=家督相続

041
大梅
戦前の家督相続は財産の有無とは関係ありません。 家を継ぐときに資産があれば引き継ぎますが、資産を継ぐことが 家を継ぐことではありません。「家を継ぐ」とは「家督を継ぐ」 ことです。 戸主が亡くなれば、家督相続人(通常は長男)が新しい戸主になって 新しい戸籍が作られます。 戸主の財産は新しい戸主が全て相続します。 長男以外は分家しなければずっと同じ戸籍にいます。 弟が結婚しても何もしなければそのまま同じ戸籍です。 叔父やイトコなどがたくさんいる場合もありました。 新しい家を立て(新しい戸籍を作り)たければ分家します。 分家した人は、分家の戸主になります。 戦前の戸籍で使われる廃家とは、戸主が他家に入るために 自分の家を廃することです。(戸主が結婚で他家の戸籍の 一員となる…など) 跡取りがおらず家が絶えるのは「絶家」と言います。 跡取りがいないので絶えるのであって、財産が無いから絶える のではありません。(財産が無くても跡取りがいれば家は 絶えません)

トピ内ID:4240876104

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戸籍

041
ちょっくら
まずね、戦前は戸籍=××家の人間を記載した書類です。 つまり「戸籍を継ぐ=戸籍の戸主となること」を指すわけです。 戸籍は法改正により、大きく2つの戸籍があります。 すなわち戦前の「戸主」を頂点とする「家」制度そのものである戸籍と、 「筆頭者」を家族の形式上の代表者とする現在の戸籍です。 戦前は跡取りとは「戸籍簿の死守」を意味しますので、貧乏であるとか結納金がどうのとかは一切関係ありません。 戦前の戸籍等では「戸主」がいて、「戸主の長男」「長男の長男」「長男の長男の長男」が、同一の戸籍にずらっと並ぶなんてこともありましたし、また「戸主の弟」や「戸主の三男の妻」とかも「分家」しない限り記載されていました。「戸主の叔父」のまま死んでいく人もいたのです。 なんらかの事情で、長男以外の誰かが新たに「家を興す」つまり戸籍を新規に作ることを「分家」といいます。 分家の本家も分家の分家もありますよ。もちろん大本家があることは皆知っています。 要するに継ぐのは「モノ」ではなく「戸籍」だった時代があったのです。 ですので貧乏ならば貧乏なりに結婚していきました。

トピ内ID:5275790324

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封建社会は跡取りがいることが前提

041
カメゴン
武士に家あり、農家に土地あり、職人に腕あり、商人に暖簾あり。 江戸時代に完成した封建制度は、跡取りがいることが前提に成立された社会です。 跡取りがいなくなると、武士の場合は家禄を返上しなくてはなりませんし、農家は土地を受け継ぐ人がいなくなります。 職人の場合は、資産=技術となります。 子どもの頃から父親の技術を見よう見まねで習得し家業として成立させています。 商人も職人と同様に大事な取引先や商売のノウハウを受け継ぐ跡取りが必要です。 ●次男、三男は? 家を出て独立する必要があります。他家の養子になる可能性もありますが、基本的には自立せざるをおえません。これは決して悪いことではなく、農家の場合、次男が新たに土地を開墾すれば全体における農業の生産量が増加する等のメリットもあります。 ●枝分かれすると本家が増加? そんなことはありません。徳川の性を名乗る人は幾人もいますが、徳川宗家は1家だけです。 ●封建社会の終焉 戦後、高度成長期になると自営業→サラリーマンへと労働人口が移動します。 それにより跡取の必要性が次第に薄れていくようになりました。

トピ内ID:4443687784

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昔の戸籍を見てみるとわかりますよ

041
昔の人
トピ主さんは今の戸籍しかごらんになったことがないんでしょうね。 明治以前の戸籍は今の戸籍とかなり違うのです。 明治以前の戸籍を見ると、 家長を筆頭に妻、長男、長男嫁、長男の子、次男、次男嫁など、 孫なども一緒に記載されます。 家長の母なども家長の父が亡くなっていれば掲載されていたはず。 資産のあるなしは全く関係ありません。 戸籍そのものが「一族で全員一緒」なのです。 家を継ぐというのは、「戸籍の家長を継ぐ」という意味合いだったお思います。 今のように、 「長男や次男が嫁をもらったら自動的に戸籍が分かれる」 ということは一切ありません。 戸籍は家長を筆頭に全てぶらさがってるようなものです。 ですから「家」というものの意味が現在とは全く違うのです。

トピ内ID:2874308196

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戦前は日本は貧乏なくにだった・・・

😉
はやと
戦後の農地改革がおこなわれるまでは、日本の農地は一部の地主たちに片寄っていたみたいで、農民といっても小作農が多かったようです。 結婚式だって今のような結婚式が行われるのは東京オリンピック以降といわれています。それまでは新婚旅行も関西では白浜温泉とか、昭和20年代ではしてないかも・・・ 明治23年に普通選挙が実施されているのですが、その時租税15円以上納めている25歳以上の男子、となっていますが、45万人いたそうです。 これが、当時の総人口の1.13%だったそうです。 昔の庶民の結婚式知ってますか? 私は昔、高校生の頃従弟の結婚式で経験しました。 式そのものには、まだ大人でないので、参加してませんが、・・・ 普通大人しか参加しません。 親類が集まって、料理を造って、花嫁を迎えに行き、所謂『婚礼』を行うのです、自分たちで全部するのですよ。 だから貧乏だとそれもできない。 戦前はできない人もおおかったらしいよ・・・ 『ひっつき婚』て聞いたことないですか?

トピ内ID:4936130462

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明治以降

041
ss
>家を継ぐという 「家を継ぐ」という考え方が一般化してきたのは明治後半ぐらいからでしょう。 家制度に合わせた戸籍法がができて来てからだと思います。 それ以前は継ぐ必要性のある方(財産、名前)が一族の中で話して個別に決めていたのでは。 まあ、いまとそんなに変わらないかも、「話し合い方」は違うかな。

トピ内ID:5072202041

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古い民法では「跡を取る=戸籍の戸主になる」

🛳
大崎広小路
第二次大戦前は日本は旧民法で規定された戸籍制度でした 戸主が亡くなるまでは、原則的に一族は同じ戸籍です。戸主、戸主の祖母、母、妻、長男、長男嫁、長男の子、長男の子の妻までも1つの戸籍だったのを見たこともあります(女性は嫁げば他家に移る) また女性は基本的に戸主にはなれません。夫婦と娘1人の戸籍で、夫が死亡したら、緊急的に娘が仮の戸主になり、他家から男性を養子か、娘が婿を貰い、その男性を戸主として立てます 現在では戸籍は夫婦単位で、妻が戸主改め「筆頭者」になることも可能です 上記の例のように娘一人の戸籍で、夫が亡くなっても妻が筆頭者になれば済むことで、戸籍が跡絶えることもありません また上記記載でお分かりになると思いますが、戸籍と承継財産の有無は関係性ありません 私の実家はしがない農家でしたが、男性が無いまま戸主が亡くなり、遠方の一族発祥の地の違う姓の親戚の三男を養子にし、戸籍を継がせていたのを、祖父の相続手続きで知りました 昔は男性が産まれないと、戸籍の維持が大変だったようです 今は戸籍や財産に「家」は無関係、男女平等なのに、小町では旧来の考えゆえの悩みトピが散見されますね

トピ内ID:2208998616

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