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お正月3が日朝にうどんを食べますか

レス35
(トピ主 17
😨
大丈夫
話題
今は亡き母の実家では、正月3が日の朝うどんを食べたといいました。 それが朝だけだったのか、いつまで続いていたのか、 もっときちんと聞いておけばよかったと後悔です。 母の実家に聞いても、皆若返っており解りません。 母の実家は大農家なのになぜという疑問・・ 逆に昔江戸時代までは貧しかったのでうどん」と思っていましたら、 「うどんは昔ハレの日に食べるものだった」 「うどんは、凝縮し粉をたくさん使うのでぜいたく品」という説があり、 混乱しています。 ネットで検索しましたら山梨、埼玉、東京、長野の一部でもうどんというところがありました。 他にも正月はお雑煮ではなく「うどん」というところがありましたらお教えください。 そして、どのようにして食べられるのかもお教えいただけますか。

トピ内ID:3285777199

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レス数35

このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました

元旦

041
もち
元旦はうどんで父が作ります。 昼からは特に決まりはありませんが、三が日はもちは食べてはいけません。 実家は茨城です。

トピ内ID:5019472090

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父の実家が元旦の朝はうどんを食べていたそうです。

🐧
昭和32年に甲府市の大里町から婿に来た父の実家では元旦の朝はうどんと決まっていたそうです。「細く長く」ということからきていたみたいです。 同じ甲府市でも私の家ではお雑煮でしたから甲府市の一部の風習みたいです。 あの時代ですから勿論手打ちうどんです。 ちなみに元旦の朝は男の人が作ると決まっていました。

トピ内ID:4375723525

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うどんでした

🙂
はげちゃびん
主人の実家に結婚して初めてのお正月、挨拶に伺ったら「うどん」だけでした。 正直びっくりしました。普段から大きな鍋に5~6玉入れてぐつぐつ煮込んだうどんを出されていたので、まさか正月も同じうどん???と衝撃波が流れました。特に正月バージョンになっている点はなく、僅かな量の数の子が出されたかどうかという感じです。 義母曰く、「昔、御節を食べ過ぎて飽きたし作るのも飽きたからやらない」。 生まれは長野で、あまり裕福なご家庭ではなかった様です。 関係ないですがその後、御節を買って送る様にしましたが、元旦の挨拶に伺う解きにはもう食べつくされて殆ど空っぽになっています。

トピ内ID:9184567944

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米。

💤
イメルダ・ネテルダ
 大農家だったのに、昔江戸時代までは貧しかったのでうどん」と思っていましたら、「うどんは昔ハレの日に食べるものだった」「うどんは、凝縮し粉をたくさん使うのでぜいたく品」という説があり混乱しています。 東京北西部から埼玉県、群馬県の一部は米の生産が少なかったと思います。江戸時代は米本位制ですから米の収穫の無い土地は貧しかった様です。治水が悪くて水田ができなかった?草加の煎餅も陸稲だったからと聞いています。大農家と言えども農家は基本的には貧しかったですから餅など食べられなかったのだと思いますよ。そんな中で育ったのがうどん文化、餅を食べる等頭に浮かばなかった?結婚式で〆のうどんが出て来ないと誰も帰らなかったと言う笑い話もありますよ。

トピ内ID:0832971244

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食べた事ないですが

041
灌漑用水頓挫
我家は三が日はお雑煮です。 でも、最近暮れのスーパーのチラシを見ると「大晦日用の年越しそば」と「新年用のうどん」が載っている事がありますね。 食べている家があるのでしょうか。 ちなみに母親の実家(相模原市)では、冠婚葬祭にはごちそうの他にうどんが必ず出ていました。 水が引けなくて米がとれない地域なので、何かあると小麦粉(地粉)でうどんやおまんじゅうを作っていたようです。 似た様なおまんじゅう文化があるのは、私の知っている限りで津久井あたり、上野原あたりがあります。 地域として繋がっている気もします。 冠婚葬祭に食べるという意味では「昔ハレの日に食べるものだった」「凝縮し粉をたくさん使うのでぜいたく品」というのに当てはまる気がしますが、 そもそも上記のように「水田ができない」ので小麦粉を常食していたのだとも考えられますね。 「昔ハレの日に食べるものだった」「凝縮し粉をたくさん使うのでぜいたく品」というのは、もっとずっと昔の話なのかもしれません。 戦前生まれの母ですが、お正月にはお餅を食べていたようです。 ハレの日なのでフンパツしてお餅を買っていたのかも・・・

トピ内ID:6913300755

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もちさま ありがとうございます

🙂
大丈夫 トピ主
早速のレスありがとうございます。 お仲間がいて、なんか嬉しいですね。 返す返すも母によく聞いておけば、よかったと後悔です。 近頃「年明けうどん」という事が言われるようになりましたね。 それも古くからの事でなく商業ベースのような・・・ 「そういえば,母が生前正月3が日はうどん」と言っていたという事を 思いだし、他にもそういう地域があるのか知りたくトピをたてました。 こちらは、正真正銘、本家、元祖ですよね。!!!!!!!!!!!!! もちさんにお聞きしたいのですが、何故3が日は餅を食べてはいけないのでしょうか。お教えいただけますか。 ネットで検索しましたら、山梨の方でも男性がうどんを打つとありました。 良き伝統は是非継承してゆきたいですね。

トピ内ID:3285777199

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桜様 ありがとうございます

🙂
大丈夫 トピ主
以前ネットで調べましたら、上九一色村方面でも正月うどんと出ていました。 そしてそこも男性が打たれるそうです。 甲府方面でもそういうところがあるのですね。同じ地域でもち派とうどん派・・・謎ですね。 下の茨城の「もち」さんの御実家でもお父さんが打たれるそうです。 何故男性が打つのか、不思議ですね。・・・

トピ内ID:3285777199

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ウドン正月

🙂
大丈夫 トピ主
ネットで面白い記事を見つけました。「ウドン正月」は、長野県東部、群馬県南部、埼玉県北部、栃木県南部、茨城県西部・・ 山梨県旧芦川村、旧上九一色村、旧三珠町、旧境川村、甲府市右左口町などなど・・。富士山麓から甲府盆地の間の広範囲・・ 昔は、どこの家庭も元旦にうどんを食べ、夏の虫(蛇やムカデなど)を家に寄せ付ないように、うどんのゆで汁を家の周りにまいたそうです。「うどんを門松にかけていた」・ 山梨県の影山正美さんという方が「ウドン正月」について研究されています。 なんだかワクワクしてまいりました。

トピ内ID:3285777199

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元日に米は炊かない

041
はな
東海地方です。 元日の朝はお雑煮。お昼はうどん。 夜は大晦日で残ったご飯があれば、それを食べるかまたお餅。 お節も三が日は主婦が何も作らなくてもよいように お重に日持ちのするものを詰めて、それをいただくと聞きました。 元日は洗濯もしないし、お風呂も入りません。

トピ内ID:1936847127

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父の埼玉の実家がそうでしたね

041
りりママ
70代の父の実家では、三が日の朝は手打ちのうどんでした。 今と違って、三が日は、雑煮と御節で、基本的には主婦は新たな料理などの家事はしないという 風習の時代でしたから、朝からセッセとうどんを打って、茹でる様子は少し違和感は感じましたね。 父親の実家だけの習慣かと思っていましたが、土地に根ざしたものだったのかも 知れませんね。

トピ内ID:4120993009

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元旦はうどんでした

041
りんご
長野県長野市出身です。 確かに子供のころ、元旦の朝はうどん食べてました。うちも農家です。 前の日の晩(つまり大晦日)、ばあちゃんがうどんの生地をこねたりビニール袋に入れて足でふんだりしてました。そして押入れ?かどこかで一晩寝かせて、元旦の朝に爺さんがそれをのばしてきって茹でるのです。手打ちなので太くて硬くて食べにくかったな・・・。 おせち料理をおかずにうどん食べましたね。でも朝だけで、昼からは餅とか雑煮とかでしたよ。

トピ内ID:2640780295

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我が家はうどんです

🙂
こすけ
長野県北信(北部)地方に住んでいますが、元旦の朝はうどん、です。 母が作る釜揚げうどんが定番で(釜揚げ以外はNGだそうです)、お雑煮はお昼か夜に食べてます。 母実家がうどんだったらしく、何でうどんなのかは分からないと言っていました。 周りの人に聞いてみると、ポチポチと元旦朝はうどん!って方はいますね。 多分、この辺りは山深く、昔は米を作る事が出来ず主食は粉物だったので、その流れから来てるのだと思います。 なので、年越しそばは食べません。 そういえば、前上司は群馬県北部出身の方で、三が日はうどんを食べていた、と言っていました。 年越しに大量に作って、それをつゆで食べてたらしいです。

トピ内ID:5489286470

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父の実家がそうでした

041
のり
三が日はお餅を食べません。埼玉でうどんで知られている所です。 子供の頃に理由を聞いたところ、お餅は食べすぎるからとか、先祖が餅を喉に詰まらせたとか叔父伯母それぞれに違っていて本当のところがわかりませんでした。大きい農家でした。 手打ちうどんというのか足踏みうどんというのか…伯父が作っていました。 御節やお刺身、天ぷらなどの料理が並び最後にうどんで〆 煮込んだものでなく普通のつゆ、お野菜やきのこが入った汁、肉汁等につけて食べてました。

トピ内ID:6398212218

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はげちゃびん様  

🙂
大丈夫 トピ主
レスありがとうございます。ご主人様のご実家の件は大変申し訳ないのですが、論点がそれているように感じます。 実は、生前母が「餅は12月28日ついた。家族が多かったので10臼もついた。29日につくのは九=苦餅に通じるからやってはいけない」と言っておりました。 幼いころ母の実家に行きますと、小豆のたっぷり入った御汁粉を食べました。 ですので、餅がなかったのではなく、餅があっても正月の朝にうどんを食べていたわけなのです。それも、市販のものでなく手打ちうどん・・・

トピ内ID:3285777199

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イメルダ・ネテルダ様 はげちゃびん様  

🙂
大丈夫 トピ主
はげちゃびん様へのレスにも書きましたが、お餅がないのではなく、 あっても、うどんを食べていたという事です。書き方が悪くて申し訳ありません。 はげちゃびん様も、申し訳ありません。 「草加せんべい」の事はじめてお聞きしました。「せんべい」に歴史ありですね。 「結婚式で〆のうどんが出て来ないと誰も帰らなかったと言う笑い話もありますよ。」・・・ 当地では、法事や葬儀には蕎麦、うどんや素麺を食べます。正に締めとして・・ という事は、ハレとケにはうどんという事ですね。人生の節目にうどん・ 作日から、長野県の東信の町誌、市志を調べていましたら面白い事が解りました。 隣同士なのに片方は穀倉地帯でまさに母の実家はそこにあり、 江戸時代から用水整備がされていたところです。 そんなようですから、戦時中も白米を食べられたと言っておりました。 所がお隣の町は、冷涼地であり米はあまり作られていなかった地区がいくつかあり、 かっては「ウドン正月」で3が日はうどんで餅を食べる事はなかった。 今でも、A地区は今でも3が日は餅を食べない家がある・・

トピ内ID:3285777199

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イメルダ・ネテルダ様  2

🙂
大丈夫 トピ主
畑作地帯の町誌の方が「ウドン正月」にかなりのスペースを割いています。 一方市志の方は、古老の話として、餅正月以外の家もあったという幾つかの 例を上げた記述にとどまっています。 ウドン以外に、蕎麦、長芋汁、白粥、ほうとう、おにかけ等も食されていたようです。 そういえば、その冷地知出身の知り合いの方が以前こう言っていた事を、思い出しました。 「蕎麦と聞くだけで寒気がする。米がとれないので夜はしょっちゅう蕎麦だった」と・・・ 蕎麦はやせ地でも取れるのです。 今では国産の蕎麦粉は高くてため息が出ます。 イメルダ・ネテルダ様のお家は、ウドン正月でいらっしゃるのでしょうか・・ 地域の伝統などが解り勉強になります。

トピ内ID:3285777199

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面白いトピですね

🐤
恐怖のキョーちゃん
初めて聞きました 愛知県で産まれ育ちましたが、大晦日はそば、正月は餅が当たり前でした 母の実家の秋田県でもそうみたいです 昔はお米がとれないからうどんなのかと思いましたが、餅もあるけどうどんなんですね。 あと、これは勝手な想像ですが、女人禁制のお祭りなどありますよね。そういう感じで元旦だけは穢れるから女人禁制で男性がうどんを作るのかな、とか思いました。 私も独自に調べてみます。

トピ内ID:5175160421

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山梨県富士吉田市 うどん考

🙂
大丈夫 トピ主
「ハレの日の食べ物としてのうどんが日常食となったのは、明治以降・・・ 従来うどんは、正月や結婚式などハレの日に食される特別なたべものであった」・・ (富士吉田市史さん室編、1990) この地域は絹織物が盛んな地域であり、特に女性が織物をして、男性は行商することが仕事であり、家にいる間はその絹糸に触れる女性の手荒れに気を使い、うどんを打ったとも言われています。 うどんは白くて、長い形をした食べ物であることから、長く生きられるように、また、末永く幸せであるようにと言った願いも込められ、盆、正月、結婚式、様々なお祝い事の日に食べられる縁起の良い食べ物であったようです 富士北麓に位置する富士吉田周辺は、標高800m前後の高冷地であるため、稲作には不向きであったところで、畑作物のアワ、キビ、ヒエ、トウモロコシなどの雑穀や麦が主産物であったことから、主食にも粉食料理が重宝された歴史があります。※富士吉田歴史民俗博物館資料による。・・ 正に、うどんに歴史ありの感ですね。そして、今ではありふれている「うどん」ハレの日に食していたものという事が良く解り感慨深いです。

トピ内ID:3285777199

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りりママさん のりさん

🙂
大丈夫 トピ主
やはり「3が日の朝うどん」ですか。茨城の方と同じですね。 母が「3が日うどん」と言っていましたので、同じ風習かもしれませんね。 埼玉、群馬、山梨、長野近いですものね。 という事は、今の「年明けうどん」発祥の地はこのあたり・・・ のり様の「子供の頃に理由を聞いたところ、「お餅は食べすぎるから」とか、 「先祖が餅を喉に詰まらせた」とか、 叔父伯母それぞれに違っていて本当のところがわかりませんでした。」・・・ これと同じような事が、長野県東信の町誌に出ています。 「餅を食べてごろごろしていると栄養がついて太り体によくないから」 「暮れの餅を搗いていたら、間違って相取の帆との頭を突いてしまい、血を流して亡くなった。 餅も真っ赤になった。この土地では暮れに餅をつかず正月につくようになった こういう伝承は、この地の他の「畑作地帯」にある。そして正月2日の「若餅」を搗く地区もある・・・ 様々な情報がマッチして、楽しいですね。お二方にお聞きしたいのですが、 今でも、手打ちうどん食べていらっしゃるのでしょうか。 是非、御教示下さい。

トピ内ID:3285777199

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米どころかそうでないか(?)

041
ミント
以前聞いた話ですが、 米どころでないところは、昔はもち米が高価なためお餅が贅沢品で、 良く収穫できる小麦粉でうどんを打って食べたそうですが、 それでは味気ないので、お正月はそのうどんを細長く切らず、 形を変えて、モチっとした食感を出させたとか。 実際、私が育った同じ県北部はおいしいお米がとれるところで、 うどんをお正月に食べるということは聞いたことがありませんでした。 また、お餅を食べる上に、縁起物ということでお赤飯を蒸かす家もあったような気がします。 今はお葬式も葬儀場で行うので、あまり耳にしませんが、 隣組の人に協力してもらい家で葬儀、精進落としを行っていた頃は、 隣組の主婦たちが乾麺のうどんで、けんちんうどんを準備したそうです。 私は子どもだったので、それらを見てませんが、この土地の人間でなかった両親はびっくりしていました。 またお米がおいしい地域で、うどん文化がないせいかスーパーでの生うどんを陳列スペースが、 うどんがおいしい地に比べ、1/3以下です。 推測ですが、米どころかそうでないかで食習慣が違ってくるのでは。

トピ内ID:8264059400

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私は九州です。

😨
あずきあらい
トピ主さんはどちらにお住まいなのですか? このトピはどちらのほうの慣習なのですか? 15日のレスにはいきなり「!」が多くて、 ごめんなさい、よくわからず。

トピ内ID:1627556144

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正月は釜揚げうどん  りんご様 こすけ様

🙂
大丈夫 トピ主
実は、年明けうどんがブームになり、「そういえば、母が3が日朝はうどん」 と言っていたので調べましたら、これは近年のブームという事でしたので、 ネットで色々検索しましたら、山梨、長野の北信地方で行われているとの記事がありました。 長野の方は「釜揚げうどん」しかも「おしぼりうどん」とのことでした。 ですので、お二人のレスで「釜揚げうどん」が北信では行われているという事が解りました。 「正月うどん」は地域に根差した大事な文化だったようですね。 その伝統を引き継ぎたいですね。 このトピをたてて、本当に良かったと思っています。 ここ数年ずっと、気にかかっていたものですから・・ 私は「手打ちうどん」を作っています。マイめん棒、マイのし板、マイ包丁、マイコネ鉢・・・ 蕎麦打ちをする主人と共用です。 しかし、打ち立てのうどんは最高ですね。 来年は伝統にのっとり、主人に「正月うどん」を打ってもらいましょう。 皆さんも、うどん打ちしませんか・・ 自分で打ち、自分で茹で、自分で食べる、最高ですね。

トピ内ID:3285777199

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恐怖のキョーちゃん ミント様

🙂
大丈夫 トピ主
お二方ありがとうございます。 恐怖のキョーちゃん 様のおっしゃるとおり、正月は神事というので 男性が一家の祭祀を執り行う所からきているようですね。 恐怖のキョーちゃん 様 是非調査お願いいたします。 結果楽しみにしております。 ミント様は長野県北部のご出身ですか・・・ 同じ県内どころか隣の町でさえもまるで違う事に 驚かされました。 葬式の時、やはり乾麺ですか。私どもの地域も乾麺及素麺でした。 この地域では、けんちん汁の事をおにかけと言います。 今でも仏事や法事はうどんで、結婚式には蕎麦です。 しかし、最近では仏事にも蕎麦が出されるようになり、 線引きが無くなったように感じます。 差支えなければ、出身県お教えいただけますでしょうか。 正月うどんが、どの地域まで及んでいるのか知りたく存じます。 よろしくお願いいたします。

トピ内ID:3285777199

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あずきあらいさま

🙂
大丈夫 トピ主
申し訳ありません。何だかわかりにくい文章で・・反省です。 トピをたてる前に、「正月うどん」について、母の実家や親戚 にも確認しましたが代替わりしていて解りませんでした。 そして、自分の周りでも聞いた事がなく「風習」などと自信を もって言える状況ではありませんでした。 亡き母との会話の中で「正月3が日の朝はうどん」というのを 何故か覚えていまして、ここ数年「年明けうどん」ブームのなか、 母が言っていた「正月3が日の朝はうどん」が蘇りました。 そこで色々調べましたが、「年明けうどん」最近の商業ベース・・ 「でも、母の実家では昔からそうであった」・・ さらに、「正月、うどん、手打ち、3が日」のキーワードで探しましたら 山梨や長野北部、埼玉、群馬、栃木方面にある風習という事が解りました。 ちなみに私は、長野県出身です。 あずきあらい様の近辺では、「年越し蕎麦」「ウドン正月」の風習はありますか。 九州の仏事や慶事にうどんは使われるのでしょうか。 又蕎麦はいかがでしょうか・・ 今まで知らなかった事を、知る事が出来る喜びにワクワクしております。

トピ内ID:3285777199

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私の身近では「正月うどん」はないです。

041
あずきあらい
北九州ですが、 お正月はお雑煮をいただくので、 うどんはいだたきません。 年越し蕎麦は大晦日にいただきます。

トピ内ID:1627556144

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2回目です。

041
ミント
トピ様 再びレスします。 現在の住まいは群馬県です。 ここもうどんが有名で、水沢うどんや館林うどん、ひもかわうどん、塩を加えないで作った麺をつゆに入れ煮込むおきりこみがあります。 婚家はうどんを茹でたら、ざるに一口分ぐらいをくるくるっと丸め、ざるうどんでいただきますが、その際、天ぷらはもちろんですが、茹でたほうれん草やなす、きんぴらなどを汁にいれて一緒に食べます。この食べ方には、私も実家の両親もびっくりしました。 また、大晦日にそばを食べず、元旦の朝に食べていたのにも驚きました。 私の実家は栃木県中央部ですが、両親ともに東京で生まれ育ったので、栃木の食習慣が出ることはありませんでした。 また、母の実家は和菓子屋でしたので、お餅のないお正月は考えられなかったと思います。 子どもの頃、母の実家で石の臼で餅つきをしたのを覚えています。 栃木県の稲作は、新潟県のようにゴールデンウィークの頃田植えをします。(県南部はわかりません) 群馬県は二毛作で、麦を作り6月に収穫、それから田植えです。 正直、正月うどんは製麺会社の戦略かと思ってました。

トピ内ID:8264059400

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ありがとうございます

🙂
大丈夫 トピ主
あずきあらい様、ミント様ありがとうございます。 北九州でも年越しソバなのですね。 こちらは、年越しはご飯なのです。地域により違うという事が解りました。 ミント様、詳しくありがとうございます。 「ゆでたホウレン草と、きんぴらごぼうを汁に入れ・・」という所で絶句・・ はじめてお聞きしましたが、よくよく考えてみれば「けんちん汁」に似ている・・ でも、やはり・・入れるのは、ねぎくらいしか想像がつきませんね。 群馬県は小麦粉やこんにゃく、ねぎで有名ですね。 前橋や高崎などは都会ですが山間部や北軽井沢は本当に冷涼地ですね。 高原野菜や小麦は出来ても米はあまり取れませんね。 群馬の「正月に蕎麦」は「正月うどん」と同じような気がしますね・・・ 「会社の群馬出身の上司の家では3が日の朝うどん」とレスくださった方もいますので・・ 「年明けうどん」は商業ベースのようです。 「正月うどん」は山梨、群馬、埼玉、栃木、長野方面で昔からの風習のようですね。 しかし、今は手打ちうどんを打つ人も少なくなり、失われつつある風習の様で寂しいですね。 「正月うどんの復活を」・・・

トピ内ID:3285777199

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ミントです。3回目です。

041
ミント
婚家のうどんのつゆに、茹でたほうれん草やきんぴらを入れていただくのは、以前に群馬出身のタレント中山秀征さんも出身地紹介で話していたと思われます。 トピ主さんがこんにゃく、下仁田ネギが有名と書いてくださいましたが、あの有名な上毛かるたには「繭と生糸は日本一」という札があるように、養蚕が盛んです。(でした?)子どもが小学校の卒業式に胸に飾るコサージュを地域の方に協力いただき、繭でコサージュを親子2人分作るくらいです。 もう10年前、縁あって群馬の風習ついて話を聞くことができました。養蚕をしていたころは、子どもも大切だけど、それ以上に手のかかるお蚕さんが大切だった」と、言ってました。この繭や生糸のおかげで、生活が潤っていたとか。「かかあ天下」という言葉も、本来は「うちのかかあ天下一」という褒め言葉だったとか。それだけ、昔の女性は休む暇なく働いたそうです。そういうことから、たくさんのうどんを作り、一口分ぐらいをくるくると丸めておくこと。汁に入れる具を作り置きしておけば時間を有効に使えたのかもしれません。

トピ内ID:6495529871

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ミント様  忘れていました

😭
大丈夫 トピ主
そうですね、群馬は「養蚕」が盛んでしたね。官営の富岡製糸工場がありましたね。 実は母の実家でも「養蚕」をやっておりました。そして自分の家で取った糸で 織物もしていました。「お蚕さま」といい大事にしていましたね。 現在やっているお宅があるかどうか・・・ 全国的に珍しい「線維学部」が信州大学の上田キャンパスにあります。 そういう仕事の中での「うどん」や「おほうとう」は食べやすいものだったのでしょうね。 群馬のお切り込みは、きしめん風の幅広で大好きです。 群馬は「うどん」の名産地が多いですね。そして「まんじゅう」もおいしいですね。 何れにしましても、粉文化が発達していますね。 長野でも、長野市方面は粉文化が発達しています。「蕎麦」「おやき」・・ 私どもの地域では「おやき」文化はありませんでした。 いつのころから「お焼きブーム」が始まりそうして知ったような具合いです。 「お焼き」も自分の家で作ります。今は様々な種類のお焼きがありますが、 我が家では「切干大根」の「お焼き」が好評です。 群馬県はお焼きの様な食べ物はありますか・・ ご教示お願いいたします。

トピ内ID:3285777199

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ミント 4回目です。

041
ミント
JAの小麦粉を使った料理教室では、ピザ、うどん、炭酸まんじゅうを作りました。この料理教室はとても人気があるようです。 群馬で有名な「焼きまんじゅう」は、基本あんこの入っていないおまんじゅうを竹串にさし炭火で焼き、甘辛い味噌だれを塗りさらに焦げ目をつける群馬ならではのおまんじゅうです。 また、「味噌パン」も。フランスパンのような生地で手のひらサイズのパンを横から切れ目をいれて、やはり甘い味噌だれを塗ったパンがあります。 あとは、安中市にある磯是温泉の炭酸水を使って焼き上げた「磯部せんべい」があります。磯部せんべいにクリームを挟んだものもあり、ゴーフルのようなお菓子です。 今、夫に確認したら、子どもの頃おやきを食べたそうです。家庭で作ったものやお店で購入したものなど。 「焼きまんじゅう」で調べたら、「群馬県南部は麺類やまんじゅう類などの小麦粉食品が好まれていた背景がある。埼玉県の秩父市や長瀞町、栃木県の足利市にまで分布していて、繭や絹織物の生産地とほぼ一致する...。」と。足利も織物が有名な街です。 食習慣と産業が関係していてるのは、昔の人の知恵なのでしょうね。

トピ内ID:8264059400

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