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おばあちゃんにしてもらった事

レス10
(トピ主 0
041
なな
ひと
突然ですが、皆様の子供の頃、おばあちゃんにしてもらった事って何でしょう? わたしの「おばあちゃん」のイメージとしては、 時々お泊りに行ける。 遊びに行くと、おいしいご飯を作ってくれる。ただの白いご飯や普通のトーストをでも、お刺身でもコロッケでも、なんであんなにおいしかったんだろう。 手芸、お菓子作り、あやとり、折り紙などを教えてくれる。 お祭り、動物園、公園などに連れて行ってくれる。 服、バッグ、セーターや学芸会、発表会の衣装などを作ってくれる。 私が祖母にしてもらった事はこんな事でした。今考えると大変だったでしょうね。こちらも図々しかったかもしれません。でも楽しかったなあ。祖母の家の匂いを思い出すと今でもうれしくなります。あそこで過ごした週末や夏休みの2、3日は、天国でした。おばあちゃん、本当にありがとう。今でも大好きです。

トピ内ID:4544559846

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思い出させてくれてありがとう

リリカ
おばあちゃんちに泊まりに行くと、もし夜中に目が覚めてお腹がすいても大丈夫なように、いつも枕元にシソのおにぎりがいくつか、お皿にのせて、ざるをさかさにかけて置いてありました。あれすっごくおいしかったなあ… あと、ワガママとか頑固とかだったと思う私の性格を「一本気だから」と言ってくれた。 60代で亡くなってしまって、残念です…。今でも一番大好きな家族です。

トピ内ID:4402790104

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ばーちゃんの耳たぶ

やらぬ善よりやる偽善
父方の祖母と中学生迄 同居してました。 小学生の頃、ばーちゃんと同じ部屋で 寝てました。 寝る時 何故か ばーちゃんの耳たぶを 触りながら 眠ってました。。 今から考えても なんでやろと。。 けど いい 思い出です。

トピ内ID:1831898357

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今から思えばすごい人でした

🙂
おっちゃん
祖母の33回忌がありました。今から思えばすごい人でした。 生まれた家は駅まで数キロ。人の土地を歩かずに行けた豪商だったそうですが、商売に失敗し、一家離散。祖父に拾ってもらってなんとか生きて行けたそうです。 祖父が亡くなった時、持家を売ってしまい、その後は風呂敷包一つで子供(二男三女)の家を回っていました。一旦来ると一ヶ月くらいいました。みかんを剥いてくれたり、羊羹を食べたりしながら、いつも一緒に時代劇を見ていました。 今は(私は)孫もいますが、子供の家を転々とする生活はきついですね。祖父が死んだ後、すべてを売り払って、風呂敷一つで生きて行った祖母が清々しく、まぶしいです。

トピ内ID:6467640728

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ちらし寿司ときつねうどん

😀
玄米フレーク
「おばあちゃんちに来ると楽しいね~」と言うような事を娘が子に言うと、 「俺が建てた家なのに、なんでばあちゃんち、なんだ・・・」って祖父役の役者さんがぼやく映画を思い出してしまいました。 うんうん、おじいちゃん、そう思ってただろうなって思って。 うちの”おばあちゃんち”は、行った当日は必ずちらし寿司ときつねうどんを作ってくれていました。でっかいいりこが入ったちらしで、きつねなのに半熟卵も入ってる名付けて「嬉しさ全開セット」(今つけました・・・)です。 おばあちゃんちは大好きなじいちゃんがびっくり早くに亡くなって、今は娘の母と暮らしているので、家を人に貸しています。 その方達が出て行ってしまったら、もう貸す事も無くお終いにするんですって。 何しろ病院もスーパーも無い田舎の山奥なので。 木々に覆われて、ぜんぜんはっきり見えないけど、時々グーグルで航空写真を眺めては思い出に浸って泣いています。

トピ内ID:6898982926

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ばーちゃん

😀
ぞう
私の父方の祖母は、私が生まれたときにすでに亡くなっていたので、私の「ばーちゃん」の思い出は母方の祖母のみです。 それも正月と、あと年に何回か遊びに行く程度。 一番思い出に残っているのは、小学一年生のときに初めて泊りに行ったときのこと。 そのころ母がいつも髪を二つにわけて結んでいてくれたのですが、朝、それをばーちゃんに言ったら、 「そんなことしきらんよー」 と言いつつ、丁寧に髪を結ってくれました。 懐かしいです。 思い出させてくれてありがとうございました。

トピ内ID:9545585933

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ばぁちゃんちは忍者屋敷(笑)

🙂
ばぁちゃんっ子
高っかい天井に立派な大黒柱、引き戸を開ければそこは部屋だったり納戸だったり階段だったり戸棚だったり…一つの部屋に入るのに、なぜか何通りもルート?がある。 夏でもひんやりとした土間で遊び、汲み上げた地下水で冷やした野菜をオヤツに食べ、眼下に広がる浜の波音を聞きながら縁側で寝転がる至福のひと時… 3.11で全て流されてしまったけど、あの家で遊んだ日々は、今でも私の大切な宝物です。 叶わない望みだけど一つだけ。 うちの子供達も、あの家で遊ばせたかったなぁ。

トピ内ID:8661452051

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おばあちゃん、もう1度会いたい

🙂
回り道
 私が小学校低学年の夏休み、お婆ちゃんの家へ遊びに行って夕方一緒に御風呂に入るのが楽しかったです  お婆ちゃんのお胸を持ち上げたり引っ張ったり「お煎餅みたい」って言ってお風呂のおもちゃはお婆ちゃんのお胸でした  お祭りの縁日、花火大会、盆踊り、そうめん流し、スイカ、とうもろこし、いつもお婆ちゃんと一緒に食べたり踊ったりしていました  私が働くようになりお婆ちゃんにお小遣いを渡した時、お婆ちゃんが「お前もそんな年になったの」って言って顔に笑みをいっぱい浮かべて喜んでくれました  お婆ちゃんが亡くなった時、この世の終わりが来たくらいに大声で泣きました、泣いても泣いても涙が止まりません、お婆ちゃんの座っていた座布団、お婆ちゃんが使っていた湯のみ茶碗  お婆ちゃんが迎えにきてくれた駅、お婆ちゃんが連れてってくれたあの駄菓子屋もお婆ちゃんはもういない!  今年もまた暑い夏がきます、せみの声、ひまわり、入道雲、お婆ちゃんが亡くなった日もそんな暑いときでした  最後になな様、思い出して又泣くことが出来ました、本当に、本当に「ありがとうございます!」  

トピ内ID:9938932537

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名前と心

041
ミント
父方の祖母は父が子どもの頃に他界しているので、何かしてもらったのは母方の祖母です。 一番は名前を付けてもらったことでしょうか。私はこの名前がとても気に入っています。 そして長男を出産した時、80歳代後半の祖母が元気に電車に乗って顔を見に来てくれたこと。 祖母が自宅に帰る日、駅のホームで祖母は何度も何度も「元気でね。あばあさん、またミントに会えるかな。」と、 涙を拭きながら別れを惜しんだのを覚えています。 他にも、いっぱい思い出があることを思い出しました。 父が子どもの頃他界した父方の祖母との思い出はありませんが、 祖母と同じように2人の男の子の母親になってから思うことは、 幼い子どもを残して逝くことの祖母の無念さや、父たち兄弟が母親を失う寂しさなど 親子の心をもらったような気がします。 間もなく、祖母の命日が来ることを思い出しました。 そういえば、花子とアンヒロインの花のように、 母方の祖母も自分の名前に「子」をつけていました。

トピ内ID:2128253013

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お前が一番だって言ってくれました

041
おうちゃん
三姉妹真ん中、姉と妹は優秀で私は本当にトロくて賢くもない、大人に誉められる事もない劣等感の塊でした。自分の事が嫌いでした。自信なんてなかったな~。 そんな私におばあちゃんだけが「お前が一番、お前が大好き」と言ってくれていました。自分でも信じられなかった自分の価値をおばあちゃんが信じてくれていたおかげで頑張れたなと思います。 ばあちゃん、料理や裁縫や家事を教えてくれて、愛してくれてありがとう。 父に言わせると、私の作るご飯は「懐かしいおふくろの味」だそうです。 天国のばあちゃんがみていてくれるから、ばあちゃんが悲しむ事はしないようにしようと思っています。

トピ内ID:5969757334

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おうちゃん様

やらぬ善よりやる偽善
いい お話 ありがとうございます。 自分の事を理解してくれた おばーちゃん。 そりゃ 好きになりますよね。 私も 天国のばーちゃん が 悲しむことしないように します。

トピ内ID:1831898357

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