3歳の男の子の父親です。
子どもが可愛くて、仕事を早く終わらせては、保育園に迎えに行って一緒に過ごしています。
乳幼児期特有の愛らしさはじきに過ぎてしまうのでしょうが、最近はよく質問されるようになり、「教える喜び」を実感しています。
と、親ばかな今日この頃ですが、そこで考えるのが自分の父親のこと。
うちの父親は、育児に無関心の仕事人間でした(存命です)。
休日も一緒に外出することは滅多になく、父親を交えた家族らしい思い出は数えるほど。
一緒に感動したこともなければ、語り合ったこともない。
人生において大切なことを教えられたこともない。
言葉は巧みで不器用なタイプではなく、いつもイライラしていました。
社会的には成功した人ですが、裏ではギャンブルと女に金をつぎ込み、それはもう家族を苦しめました(今も)。
なので背中を見て、勤勉の大切さを学んだということもない。
と、そんな人ですが、ここでは非難をしたいわけではありません。
子どもを可愛がって
たくさんの思い出を家族で共有し
自分の価値観を(押し付けるのではなく)伝えて
幸せな人生を送れるようにサポートする
そういうことって、恋愛したり、友情を育んだりすることに並び、人生で1、2を争う幸せな営みだと思うのですが、どうして無関心になれるのかが不思議でたまりません。
「昔の男は、家庭を顧みないもの」
そんな声も聞きますが、そうじゃない人もたくさん知っているので、一概には言えないと思います。
長くなりましたが、質問は以下です。
◆(「自分のことだ!」という父親へ)どういう気持ちで無関心?最初から?何かきっかけが?後悔していない?
◆(「自分の父親がそうだ!」という方へ)父親に対する対する感情は?
★繰り返しますが、父親への非難ではなく、純粋に気持ちを理解したいだけです。そのことを斟酌した上でご回答をお願いします。
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