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読書に頼りすぎの勉強法(アメリカ)

レス46
(トピ主 2
🙂
sarah
話題
米国の大学院生です。毎週驚くほど多くの読書の宿題が出ます。次の授業ではその読書の内容に基づいた話し合いやレポート提出が毎回課されます。正直私はこのやり方に疑問を感じています。

日本の学生はアメリカの学生に比べて読書量が非常に低いといわれています。しかし学力はどうでしょう?OECDの調査では、日本人の学力は米国平均よりいつも上位です。

私の大学院は、ランキングではトップグループです。しかし生徒たちの学力がそれほど高いようには感じません。ディスカッションで彼らの意見を聞くたびに、「本当に今週の宿題を読んできたのか?」と疑問に思うことがしょっちゅうです。間違いなく彼らは私よりも素早く内容を理解していると思います。しかしテキストや論文のメインアイディアを自分の意見にあまり反映していないように感じます。こんな内容を耳にする度に、「こんなに読書を課す必要があるのか?」と思ってしまいます。読書の量が多すぎて、人それぞれ「大切」と感じるところが違うのかもしれません。もしくは米国人は自分の意見を言いたがるので、結局論文等を読んでも、自分の意見を変えることができないのかもしれません。

日本のように教授が要点を講義で説明し、プリントで配ってくれた方が全員が間違いなくメインアイディアを理解するように感じますし、読書の時間が無駄に長くなりすぎずに効率的だと思います。

ボランティアで、在米日本人高校生の現地校での数学(SAT)等のチューターをしていますが、正直、数学本来の能力というより、読解力のテストのような問題が多くてうんざりします。彼らの理科や社会の宿題でも、大量の教科書の読み宿題が出ていて、本当に非効率だと思います。日本の「要点!これだけは!」みたいなのがあったら効率的ですよね。

「読んで理解しろ」なんて教師の怠慢だと思います。米国の教育事情に詳しい方、ご意見をお聞かせ下さい。

トピ内ID:7277141944

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アメリカで勉強するメリット

🐧
元アメリカの学生
私もアメリカの大学に入った時、どうしてストレートに「これはこうこう、こうだから、こうなる」と教えてくれないのだろう?と疑問に思ったことが何度かありました。 しかし、授業を受けるうち、「自分の頭で考えを基礎から構築し、ゴールに自らの力で行きつく」ことを教えてくれるアメリカの教育法がとても良いと感じるようになりました。 勉強とは、特に大学や大学院ともなれば、ドラえもんの「暗記パン」で丸覚えすることではありません。本を読む課題が出るのは、そこから学ぶべきものがあるから。この本のキモはここ!なんて先生が先導してしまっては、本を読んで、自ら「感じる」ことすら捨ててしまいます。 私の記憶では、日本でも「要点!これだけは!」なんて教え方をしてるのは、有名大学への合格率に重きを置く予備校くらいじゃないかと思いますよ。少なくとも、私が通った学校では、答えは自分で導き出すものでしたし、読書を通じて感性を養い、自分の意見が言える生徒を育てていたと思います。 どうやら貴女には、アメリカの教育法が理解できず、また、役立ってもいないようです。もったいないですね。

トピ内ID:3604131267

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的外れレスになるかもしれませんが

🙂
ねほげかだり
OECDの調査では確かに日本平均は米国平均より上位ですが、 ノーベル賞やフィールズ賞は圧倒的に米国人が受賞していますし、 人口の多い国ほど平均点というものは低くなる傾向にあると聞きます。 ゆとり教育を受けた世代が現在中高生である日本の学力が アメリカやドイツよりも上位なんて実質的には有り得ないと思っています。 (先日、職場の後輩が平仮名を正しく使えていなかったことに 愕然としたところです) なのでそもそもこうした学力調査はどこまで信じていいか… あまり気にするべきではないと思います。 個人的には「読んで理解しろ」という考え、非効率かはわからないけど 教師に何も誘導されていないところから自力で考えることも大切で、 その方が理解が深まるのではないかと思います。 読書をしていても、物語や論文全体の中から「ここが重要な分岐点」 「結論に至る伏線」「繋げて考えるべきポイント」など、 自分で読み取れることがありますよね、 それを初めから「要点!これだけは覚えろ!」と教えられてしまうと、 重要な点を感じ取る、考える力が培われなくなってしまう気がします。

トピ内ID:8168378279

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根本が違う

💢
あへぇ
なんかすっごく勘違いの院生だね。 まず、OECDの調査って何を調べているんでしょう? 何を以て「学力が高い」と判断しているのですか? 単に知識があるだけでは学力ではないですよね。 そして、『日本のように教授が要点を講義で説明し、プリントで配って』って、何しにアメリカの大学院に行ってるの?????って感じです。 小学生じゃあるまいし、ここが一番肝心のところでしょ。  A,B,Cの3つの論文を読み、同じ現象から導びく視点の違い、そこから発生する結論の違いを見出すのがGraduateのやる事、と私の学んだ大学では教えられました。 とぴ主さんの言っていることって、高等数学の世界で、教授が数式まで書いておいてくれたら、あとは電卓叩くだけだから、時間短縮になるのに~~って言っているのと同じだよ。

トピ内ID:9779204275

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何と!!

041
ふぉ
要点なんて自分で掴むのでは? 人に教えてもらうなんて。 掴み方もまとめ方も伝え方も、自分で汗かいて、頭をひねって、時には涙目になって這いつくばってでも、ものにするものだと思うけど、いかがですか。 せっかくアメリカにいるのにもったいないなあ。人間の頭も心も体も、そうやって築いて磨き込まないと、高性能になりませんよ。一見効率的な近道は、長い目で見ると却って非効率的です。 社会人になってしみじみわかるけどね。

トピ内ID:6359073267

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取りこぼしが多いのは間違いないかと

🙂
興味あり
いろいろな国で教育を受け、日本の大学、米国の大学院に行きました。今、北米で小学生の親です。 私の知るアジア式教育は、「必須事項を抑える」ことに重点があることは間違いないと感じます。北米の教育は、アバウトで、低学年のうちは、教科書は算数くらいしかなくて、基礎的な内容習得徹底が疎かだと感じます。 アメリカ人の友人たちで優秀な人達というのは、ヨーロッパの古典(岩波文庫のイメージ)を読んだりといったいわゆるヨーロッパ式の素養はぜんぜんなくて、でも、地頭がいい感じです。 子供の学校を見ていて思いますが、この段階でも、親が、基礎教育をやらないと、昨今ではスペリングや文法のようなものすら、教えてくれません。九九の習得も、学校の責任ではない感じ。 どの学校レベルでも、日本人が思うような基礎学力がない人たちのほうが多いですが、他方では、競争自体は激しく、トップレベルでは、基礎学力もあり、日本のトップより上です。ただ米国大学院トップでアジア人の比率が高いのは、基礎学力を疎かにしない層でないと結局トップになれないのだと思います。(特に理数系) MBAなんかはハッタリっぽい学位ですね。

トピ内ID:9984756624

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だったら日本に帰ればいいのに

🙂
とろっこ
そこまで「非効率だ!」って思っていてなぜアメリカに残っているんでしょうか。日本の教育の方がマシだって思ってるなら日本の大学院に入り直せばいいのに。 自分が馴染めないのをアメリカの教育事情のせいにするとは滑稽です。よっぽどストレスが溜まってるんですね。 >日本人の学力は米国平均よりいつも上位です。 確かに。日本はトップクラスですよね。でも日本は結局平均学力はトップであっても大学になるとそうでもないですよね。世界のランキングでトップの日本の大学は何位辺りにいましたっけ? あなたがバカにしているアメリカの大学のほうが上にいたんじゃないですか? まぁ他国へ来て他国の教育を批判するのは自由ですけど、気に入らないなら帰れば良いのにと本気で思います。 我が家のように永住じゃないんですし、別にこの国で教育を受ける必要もないんじゃないですか。

トピ内ID:1146197727

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横っぽいですが。。。

🐷
すもも
 要点はこれだ、的な考え方ですと、受験向きで、個人の思考が同じになってしまいませんか?あと読書は、娘の場合ですが、、けっこう早く読めます。読書力が無いと、數學もできないそうです。これは日本語でも同じだそうです。あと疑問をお持ちなら、ここで聞くより、教授へ直接聞いたら良いです。教授の意見が聞けると思いますよ。「それが大学、院も同じ」

トピ内ID:2609329172

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独創性、洞察分析力、問題点論理的に導く構築力、表現法等に重点

🐶
Mako
日米教育法どちらも欠点と優点ある。人生最も苦しんだのは米大3年から一学期4科目専門課程教科履修で全ての教科が20頁学期レポートを20冊の参考文献リスト添付で学期末に提出要求、学期成績の20%占めた事。試験点数のみで成績出さずの米流教育法。 政治学専攻で院にも行きたい一心でレポート成績Bー~A-目標で例えば歴史的なある事変題目に選んだ理由、発生原因、経過等の分析と結果に対する自分の評価と更に研究すべき問題点等20頁以上で内容に関連の地図や図表や数字も使い論旨構築し如何に展開させて行くか、異なるテーマで四科目別レポート執筆課題に苦しんだ。 レポート執筆用参考文献全部読めたのは各科10冊前後計40冊前後。後は内容に関するある箇所だけ書籍からつまみ読む離れ技。創造性、洞察力、分析力、論旨の展開進めるに十分な根拠示しながら内容構築し客観的で簡潔且つ効果的表現法を学ぶには効果ある教育法。 レポート執筆通して得た基礎能力は院での研究に役立ち米風教育法が重点置く物事を多視覚的な視点から総合的に把握し相互関連させつつ分析し問題点探り出してく能力を得たおかげで仕事とアジア研究に今でも役立ててる。

トピ内ID:0064408942

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考える訓練をさぼっちゃいけない

041
ハートレス
>教授が要点を講義で説明し、プリントで配ってくれた方が全員が間違いなくメインアイディアを理解する それだと、何が要点なのかを読み取る力が付きませんよ。 学問をやるなら、文献を大量に読みこなせて当たり前だと思います。 読みこなす訓練を積まないといけません。 卒業して独り立ちしたら、誰かが代わりに要点をまとめてくれたりしないんだから、自分で読む力を養っておかないと。 非効率的だから要点だけ教えろ…って、受験勉強じゃあるまいし。 人に要点まとめてもらってちゃ、思考の訓練にならないでしょうに。

トピ内ID:9404919803

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苦労してるんだね。

🙂
頑張れ!
課題の読書、大変ですよね。 口、言い訳のうまいアメリカ人。 腹を立つのもわかりますが、読書は大切です。 自分の頭で考えることが何より大切ではありませんか? 日本の勉強の仕方、受験こそ、変わっていかなければなりません。 人と一緒、正解、そればかりにとらわれていませんか? 効率、費用対効果、学びってそういうものではないですよね? 大変だと思いますが、頑張ってください。

トピ内ID:4182934738

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院レベルの学問の勘違い

🛳
おせっかいさん
大学院では、たてまえでは学生は「研究者のたまご」です。 受身的な「知識の獲得」は学生がそれぞれ自分ですること、できることです。その証拠に、大学院に行かなくても、読解力があれば専門書を読んで同レベルの「知識」は身につけることはできます。 一方、授業は、教授からモノを習う(一方的な知識の伝授を受ける)のではなく、教授や他の学生とのやり取りから、ものの見かた考え方を身につけ、新しい切り口を見つけていくためのものだと思います。 トピヌシさんのおっしゃる、「教授が要点を講義で説明」「メインアイデアを理解する」「要点!これだけは」は、どれも知識獲得の話です。 院レベルの学問は、単に専門知識を身につけることではなく、その知識を元に、論理的に、分野の方法論にそって思考し、新たな「知の創造」をすることのはずです(院時代、研究方法論のゼミでこう習った)。 トピヌシさんは、院生なのに、いまだに、ひとつだけ正解がある問題を解いていくような日本の受験勉強型の勉強をしたがっているように見えます。それは、まともな大学院では、特にトップレベルの米国の院では、長続きしませんよ。

トピ内ID:7762950421

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んーどうでしょうか

🐱
savvy
アメリカ以外の英語圏の大学院でごめんね。 でも、事情はよく似ているのでレスさせてね。 効率的とは多分知識を得る速さや情報処理の能力のことを言うのかなという前提ですが、そもそも、大学院レベルでは知識の習得を目的としていないと思います。 これは、私が留学してた国の人の話ですが研究の目的は知識の習得ではなく問題解決をすること。 テストなどでも彼らは高校生かそれ以前から問題解決を問う問題に慣れているんです。 沢山の本を読んで○○が分かりましたで終わるのではなく、その読書から得たものから問題をどう解決するかが問われるのだと思います。 数学の問題でも読解力を問うようなものが多いのもそのためではないかと。 >読書の量が多すぎて、人それぞれ「大切」と感じるところが違うのかもしれません。もしくは米国人は自分の意見を言いたがるので、結局論文等を読んでも、自分の意見を変えることができないのかもしれません それぞれが「大切」と感じるものを使って問題解決をしてゆくので使えると思うか所は違うのでしよう。 学ぶ目的そのものが知識の習得か問題解決かで変わるのでしょうね。

トピ内ID:8049359504

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将来役に立つ

🙂
Beach
今なさっている事は将来必ず役に立ちます。社会に出れば多くの情報を短時間に集めて分析し、自分なりのSynthesis をつくり、それに基づく対処策を作れる事が大切になります。また、アメリカでは独自のアイディアを生み出せる人、人と違った見方をできる人が重宝されます。 私も30年ほど前にアメリカの大学院で勉強しました。あるクラスでは毎週違った国際トラブルがテーマで、「大統領の前で15分以内のプレゼンをする」想定で膨大な量の情報収集、データ分析、大統領に提示するレコメンデーションを準備して発表していました。毎週なので大変でしたが大統領のアドバイザーの経験もある教授は現場では同じことを1日2日の間にしなくてはいけないのだからと厳しく指導されました。 今は全く違う分野の仕事をしていますが、大学院で学んだスキルは日々役に立っています。情報収集とある程度のデータ分析はスタッフにやってもらうことが多くなりましたが、ある程度の生の情報は自分で確認し、最終決断をする必要があります。昔のトレーニングに感謝です。大変でしょうが、与えられた環境の中で最大限頑張ってください。

トピ内ID:7388513849

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鬼奴
まさに同感です。わたしはアメリカで学んだ事はありませんが職業柄外国の研究者と おつきあいしたりまたその研究者の若い学生の勉強の仕方をずっとみてきました。 そこでトピ主さんと同じように感じる場面がとてもたくさんありました。 Makoさんがまとめているように アメリカ式の教育の要点は「まずレジュメを作る力を養成する」ところにあります。 そのゴールは考える力以前のまとめる力の育成です。 またほとんどすべての学生がそこをゴールに終わってしまいます。 そのなかでとびぬけた才能のある人がノーベル賞やフィールズ賞を受賞するのであって それは教育の成果ではありません。 日本式はレジュメを作る前に自分の頭で考えることを要請されます。そして ほとんどの生徒がそこでおちこぼれます。 結局教育でできるのは、たいして頭のよくない一般人の事務能力を高めることであって その意味では日本式は失敗してます。もっともそういう教育を取り入れて失敗しつつあるのが 現在の日本の大学教育です。 字数制限のためここでやめます。

トピ内ID:7935196548

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Efficiency と Effectiveness

🐤
ピロシキ丼
あなたの見解によりますと、日本のEfficientな教育のほうが優れており、アメリカ的なEffectivenessの追求は無駄、ということでしょうか。 テスト勉強に重きを置く古きよき日本的な学校社会には適応するでしょうが、これからの日本も多様性に富んできています。 何より、学校の外の実社会に出て、テスト勉強的な、効率を求める姿がどこまで通用するか。 どこの国に居ても、いろんなことに対応し、自分の力で問題解決していく力を身につけたいものです。 そんなとき、どんな教育を受けてきた人のほうが強みを持っているでしょうか、と考えてみてはどうでしょう。

トピ内ID:4094334468

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今の日本の大学って、そうなんですか!?

🐤
あれっ!?
30年近く前に、日本の大学の学部卒、修士課程修了した者です。 >日本のように教授が要点を講義で説明し、プリントで配ってくれた方が全員が間違いなくメインアイディアを理解するように感じますし、 >読書の時間が無駄に長くなりすぎずに効率的だと思います。 今の日本の大学って、そうなんですか? 私が学生だった頃は、講義の内容に関連する書物は、 指示されようがされまいが、読むのが当たり前でした。 大学の先生も、講義の中で「これについてもっと深く考えるためには、この本とこの本を読むといい」 と紹介してくださったり、 あるいは「これについては〇〇という本が出ていますが、皆さんご存じですよね?」 と、読書を前提として話されたり、 とにかく講義を受ける以上、そのテーマや周辺に関して 「読書をしない」というのはあり得ないというのが常識でした。 まぁ、トピ主さんが今の講義の進め方について不満があるなら、 教授により良いやり方を提案するか、 トピ主さんの望むやり方をしてくれる日本の大学で勉強なされば良いのでは。 しかし、読書を「無駄」「非効率」と考えるとは、驚きです。

トピ内ID:0673319249

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何のために大学院留学したんですか?

🙂
欧州院卒
研究者になるにしろ、専門家として実務をやるにしろ、自力で専門書や論文や資料を読み、分析し、それを基に専門的な文章を書ける能力を身に着けるために大学院へ留学したんじゃないんですか?中学高校のレベルの勉強ではトピ主さんの言う「効率的な」方法にも良いところはあるかもしれませんが、高等教育、ましてや大学院レベルで教員に要点をまとめろって。。。卒業して就職したら、まずは上司のために資料を読んで要点をまとめることがあなたの仕事になるのでは?

トピ内ID:9103647409

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二言三言

😀
kanchiguy
1。大学院では、たてまえでは学生は「研究者のたまご」です。   →少なくともいまの日本ではちがいます。大学院重点化の目標がそもそもそうじゃないです。   大学院の大衆化でした。アメリカではしりませんがやっぱりそうじゃないのでは? 2。トピヌシのいうことをみなさん理解できていない。   トピ主はアメリカ式の「自発的」勉強も結局情報収集まとめをする練習で終わっていると   いっているのではにないかと思うのですが。そして私もそう思いますですよ。 3。一方   >教授が要点を講義で説明し、プリントで配ってくれた方が全員が間違いなく   メインアイディアを理解する   こういう受け身の勉強でもだめですよ。 4。ほんとうの勉強のためには   いままでの「自分で勉強しなさい」という日本の指導法がもっともよかったのです。   ただしそれだと7割以上の学生がおちこぼれます。。 5。アメリカ式は「課題大量提供」あとは学生に任せるという形(でもやってこないと単位は   出さないから学生はがんばる。小学校の宿題と同じ方式)ですね。

トピ内ID:1400886583

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大学院教育の意義

🙂
飯田橋博士
大学の学部教育は既存の知識を吸収し応用できるようになるのが目的ですが、大学院の教育は、研究者として自分で新しい知識を貢献できるようになることを目指します。 学部生に与えられる疑問は大抵教授が正解を持っていますが、院生は、自分で疑問を見つけ、その重要性を周囲の人々に解き、自分なりの答えを見つけていかなくてはなりません。 大学院では、文献論文を読むにも、ただ手法や結論を鵜呑みにするのではなく、それぞれの長所や短所を考えるクリティカル・シンキングが大切です。 例えば、有名な論文や本を読んだ際に、「あれ?これは変だぞ?」「このロジックは弱いんじゃないか」と思ったことが、新しい論文や思考を産むきっかけ(=自分なりの新しい知識を貢献するチャンス)になったりするものです。 加えて、自分自身の研究を始めたら、要点をプリントにまとめて講義してくれる教授なんていません。自分で要点を把握し、それについて自分なりの意見を形成しなくてはなりません。 早く、知識の消費者である学部生の精神モードを抜け出し、知識の製造者である院生・研究者になれるよう、頑張って下さい。

トピ内ID:3738962010

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低いではなく・・・

🙂
ひろ
日本語では読書量は低いではなく、少ないと表現するのでは? 世代によるのでしょうか。

トピ内ID:7016058583

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Efficiency と Effectiveness

🍴
もんじゃ丼
対応する日本語「効果」「効率」がありますがそれはともかく >テスト勉強に重きを置く古きよき日本的な学校社会には適応するでしょうが、これからの日本も多様性に富んできています。学校の外の実社会に出て、テスト勉強的な、効率を求める姿がどこまで通用するか。 日本とアメリカの大学で教えて思うのは、日本の大学生(1~3年生)にとっては確かに勉強=テスト勉強のようです。この2年(いまの1~2年生)で一段と(急に)この傾向が強くなっています。とくにいわゆる「よく勉強する」学生にその傾向があります。講義で教科書に書いていないことを説明すると(教科書に書いていないだけに時間をかけて説明すると)教科書にないという文句がでるのは昔からちらほらありましたが最近は「教科書にあること」をよく説明してくれなかったいう文句をいうようになりました。反対に教科書記述の要点を板書してその内容を説明すると「教科書に書いてある」ことしか教えてくれなかったといいます。つまり効率とすぐ役立つ知識を求めているように思えます。 ひとえに学生側の意識の問題だと思います。

トピ内ID:1622214032

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どちらも一長一短なのでは

🐱
昔生人
どんなスタイルで知識を身に付けるかではないでしょうか。 日本式は、国や学校や教師にお任せスタイルで、平均点を 狙ったもので、全体の底上げには効果が高いと考えます。 アメリカの遣り方は、それぞれが自ら知識を得て行く方法 なのでしょうかね。効率的ではないかも知れませんが考え る力が付くのかも知れません。 教師の教えを一所懸命に記憶する事も一つの方法でしょう。 物事は、一つの面から見れば終わりではなく多面性があり ます。効率性や教師の専門分野の所為で視野が狭くなって はいないでしょうか。 自ら学ぶスタイルは、効率性の点で引けを取るかも知れま せんが、学問の基礎を鍛えるのではないかと考えます。

トピ内ID:2545556501

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独創的になる

🐱
スカッと
大学院に通っている段階で未だに先生から教えてもらうのを期待しているのはなんだかなあと思う。 先生は山登りのガイドみたいなもので自分よりちょっと先を行っていて経験があるだけで、 自分と同じ学問の探求者でしかない。 本なんて最初から最後まで目を通す必要はない。Scan, Skimって習いませんでしたか? 課題の本を精査して自分が大切と思う内容を掴み、自分のアイデアを表現するための理論を組み立てて行くための支えとして使う。 日本の教育はインプット指向。アメリカの教育はアウトプット指向。でもアウトプットするためには十分なインプットが必要。 アメリカ人はあまり勤勉じゃないかもしれないが、ちゃんと自分の意見を持っていて発表しているのだから、それはそれで結構。 私なんか何も言えず微笑む事しかできなかった。 私の教授が言ったのは、どの書物も引用せずに自分の独創的なアイデアだけで書けたらそれが一番いい。 でもそれができないなら、色んな本からアイデアを引っ張ってくる。 色んなアイデアを見て行く中で自分だけの独創的なアイデアを紡いでいく。 自分だけの独創性を身につけて下さい。

トピ内ID:3955365804

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独創性(ハイレベル)

😑
独創者
→大学院に通っている段階で未だに先生から教えてもらうのを期待しているのはなんだかなあと思う。 これは(そうだとしたら)そのとおりなんだけど、トピ主の言っていることはもう少し高いレベルのことかもしれない。どなたかが書いてたように、アメリカ式の「本なんて最初から最後まで目を通す必要はない。Scan, Skim」自発的勉強も結局「情報収集まとめ」の練習で終わってしまうということではないでしょうか? さらにいうと「本なんて」という、その延長上にあるのは、見かけの独創性(つもりの独創性)に粉飾された価値のない陳腐な主張。 まともな勉強をしてみればわかるけど、自分が少し思い付いた考えなんてたいてい古い論文に書いてある。 日本の教育はインプット指向。アメリカの教育はアウトプット指向。でもアウトプットするためには十分なインプットが必要。そのとおり。それで大抵の日本人のアメリカ留学生は「日本のインプット教育」に嫌気がさして(ドロップアウト)している。アメリカでそれに気付けばいいが、アメリカのアウトプットにもついていけずにアメリカ礼賛で終わって帰って来る。 「自分だけの独創性」なんて夢。

トピ内ID:5239732811

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続きです

😭
独創者
>私の教授が言ったのは、どの書物も引用せずに自分の独創的なアイデアだけで書けたらそれが一番いい。 習った先生は教授と呼ばず先生と呼ぶべきです。プロフェッサーに対応する呼び掛けのことばは教授でなく先生。アソシエイトプロフェッサーもプロフェッサーと呼ぶ事からわかります。 「どの書物も引用せずに自分の独創的なアイデアだけで書けたらそれが一番いい」そんとおりだけどそんなことなまじっかできるものではない。それができたらもう一流の学者です。

トピ内ID:5239732811

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ありがとうございます。返信遅れてすみません

🙂
sarah トピ主
様々なご意見ありがとうございました。 一概に米国のやり方を否定しているわけではなかったのです。しかし私がクラスでよく見る光景に疑問を感じたので、トピを立ててみたのです。 例えば「大量の宿題文献の中からメインアイディアを見つけ、それについて話し合え」という課題なのに、比較的多くのクラスメイトは、「自分にとってのメインアイディア」を挙げることが多いので、「こんなに主観的に解釈していたら、このコースの趣旨と生徒が学ぶことがずれてしまうのではないか?」と思ったのです。 また大量の文献も、読んでみると「結局これが言いたいんでしょ」というくらい単純なことを伝えるために、数ページも割かれていることが多く、「だったらサマリーだけ読ませて欲しい」と思ってしまいます。 宿題文献をまともに読んでいたら、寝る時間が無くなりますから、もちろんスキミング、スキャニングを駆使し、アブストラクトや結論、見出しを見て大体理解したりしながら、いかにも「全部読みました」風にディスカッションには参加しています。あんなに大量に読んでもすべて覚えていられませんから、だったら最初からサマリーで良いのに、と思ってしまいます。

トピ内ID:7277141944

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ありがとうございます。返信遅れてすみません2

🙂
sarah トピ主
どなたかが、「ノーベル賞の数」の件でお話しされていましたが、これには少し意見があります。 私の友人もハーバード、プリンストンといったエリート校のPhd(医学、応用物理)に留学中なのですが、面白いことに、二人とも「全くアメリカ人がいない」と言います。もちろん学校や学部によるかもしれませんが、理系は最近中国人が多いようです。彼らは「これからは中国人がノーベル賞をとるようになるのではないか」と言っています。 恐らく学部レベルではアメリカ人の天才もアイビーリーグ等の理系に多くいるのかもしれませんが、博士レベルになると話は違うようです。ですので、アメリカの「人それぞれポイントが違う」ような勉強法は非効率なのでは?と思ってしまいます。 私の従妹も米国の中学生ですが、歴史のテストでは、DBQ(Document Based Question)というテストがあって、初めて読む古い文献等を読んで、質問に答え、その論拠を文章から見つけて書くテストのようです。力が付きそうですが、正直読み書きのテストの要素が強く「いくら内容を知っていても外国人には不利」と従妹は嘆いていて、それもそうだなぁと思ってしまいました。

トピ内ID:7277141944

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反知性の典型

💢
momo
「本当に今週の宿題を読んできたのか?」と笑ってますが、 トピさんだって熟読していないんですよね?(笑) つまりは、他の学生から「あの日本人、ちゃんと読んできたのか?」と思われているのでは? (もちろんそんなこと、彼らは口にしないと思いますが) 残念ながらトピさんは、スキャニングでこの論文のメインアイデアを理解していると勘違いしている、反知性エリートの典型例でしょう。 サマリーばかり読んで、学位論文が書けると思っているのでしょうか? くれぐれも剽窃は止めてくださいね。 考える学生が少ないとされている日本の恥の上塗りになりますから。

トピ内ID:4913711078

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アメリカで教育を受けた者です

🙂
みみ
小学校からアメリカで大学で一度イギリスに行き、その後アメリカの大学に再入学を経て博士課程にいる者です。 まず、学力と「思考力」は根本的に違います。そこをトピ主さんは熟考なさってない、つまり日本人らしく、「学力はあるが、思考力」はないようにお見受けします。日本の方を見ているといつも感じるのですが、「こうしなさい」と言われ、それをマスターするのはとてもうまいのです。東大型とでもいいましょうか。しかし、いざ「はい、オリジナルの考え出してね。それを理論的にサポートし、研究結果集めてきて」と言われるとオタオタしている学生さんがとても多いです。 そこで「読書課題が多い」とのことですが、この根本的な「自分の考えを持つ」と言うことはアメリカの大学生然り、イギリスの大学生然り、皆少なくとも学部レベルである程度固めてある作業なのです。無論、彼らはopinionとfactの違い、main ideaの意味などを小学生の頃から訓練されていますし、日本と定義も違います。日本だと「これがメインアイディア!」となるのだろうな、と推察しますが、アメリカですと「自分にとってこれがメイン」でまかり通るのです。 続く

トピ内ID:8334667289

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続きです

🙂
みみ
なので、要点は「自分の考え」を見つけることであり、そのために文献を読んできたり、引っ張ってきたりするのです。博士課程の読書量ですが、決して「多いな」とは思いません。私は理系なのですが、一日に一章などは学部から当たり前のペースでしたし、英文学専攻の同級生は一日一冊(300ページほど)を読むのが当たり前だったようです。 海外の学生がPhDに多いのは、アメリカに世界中から来るからではと思います。実際、私の研究室には現にタイ人、中国人、日本人(私)、などがいますが、それは東洋人が優秀だからでもなんでもなく、分布の問題でしょう。世界に100国あるとして、その世界中から学生が願書を出し、アメリカ人も出す。全国からトップ100人を取るとして、アメリカ人が一人になってしまっても、なんら不思議ではありません。でも、国別で分けてみると、やはり一番多いのはアメリカ人でしょうね。外国人、アメリカ人、と分けているから、外国人が優秀に見えるのではないでしょうか。 ちなみに「医学」のPhDはありませんよ。

トピ内ID:2084177018

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