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張良と黄石公の出会い

レス11
(トピ主 4
041
蕭何も好き
話題
中国史に詳しい方、教えてください。 漢の参謀役の張良と黄石公の出会いの物語があります。 最初に、わざと靴を落として拾ってこいと言い、拾って来たら履かせろと言う。 その後、見所があるから五日後の朝早くにここに来いと言い、先に来ていて、老人を待たせるとは何事かと、また五日後に来いと言うので、前の晩から待っていたら、兵法書を授けてくれた。 命令したのが黄石公で、兵法書を授かったのが張良、そんな話です。 この話を、私は、張良の人間性を示すものと理解していたのですが、ふと、中国(古代中国)では、必要とされていた資質で、張良はそれを備えていた、そう理解すべきではないかと思いました。 本当は、どうなのでしょうか。 理解が深まるのであれば、それに越したことはないと思った次第です。 よろしくお願いします。

トピ内ID:1063862463

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創作かも。

💡
ヒストリアン
司馬遷の史記によると、彼の主君劉邦が山中にて大蛇を斬り殺したら、大蛇の母が夢に現れ「赤帝に子を切られた」と嘆いたとか。 劉邦も張良も、神憑り体質で似たり寄ったりだったと考えます。 後年になって張良自身、「三寸の舌をもって」功名をなしたと述懐しております。張良の説を受け入れる素地が、劉邦にあったのでしょう。 張良には「博狼沙の鉄槌」という実績がありましたから、その発言に信憑性はあったはずです。 張良の風貌は美女の如しと形容されており、なよなよとした優男が秦帝国崩壊という乱世において仕官したかったなら、はったりの一つや二つを主張せざるを得なかったと考えます。

トピ内ID:1087443164

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張良の配慮

🙂
おっさん
「中国で必要とされた資質」という意味がよくわかりませんが、 中国では戦国春秋時代には様々な思想家が出ていろいろな 価値観が出来上がった時期です。 孔子も出れば墨子も出ましたし、他人との信頼関係において 「俺の為に死んでくれ」と言われれば応えて死ぬような侠人 も出た。 一方で功利的な考え方もありますから、後の中国で大勢 を占める儒教の考え方とはまるで違う世界であったことは 事実です。 そういう中での伝説であって、張良の行いはとても儒教的 なものともいえますし、それよりも原始的な意味においての 孝としての行動であるともいえる。 少なくとも、聞く者にとっては「さすがは張良、驕らない 性格は生来のものか。あの人であればこそ、伝説の兵法書 も授けられたのだろう」と思うような「よく出来た話」です。 漢帝国を建てた劉邦は、天下を得るまではよく人を使い、 時にいちど裏切った人物でさえも処罰せず重用するなど、 人心を収攬することに気を遣った人ですが、一方で天下を 得た後は猜疑心の虜になり、功臣たちを粛清していった人 でもあります。 張良はそのあたりの劉邦の性格をよく見抜いていたのか、 劉邦が大きな領土を与えようとしても「かつて自分と劉邦 が出会った留の街を頂ければ十分です」と大封を固辞し ました。 張良は配慮の一環として、また当時参謀として無名だった 自分にハクを付ける意味も含めて、「太公望の兵法書」と いうエピソードを創り出したのではないかと私は思います。 張良ほど「自分に野望はない、ただ故国を滅ぼされら恨み あるのみ」とアピールし続けた人はいませんが、それは、 「謀を帷幄のなかにめぐらし、千里の外に勝利を決した」 と劉邦に褒められるほど陰謀の才に満ちた人がかならず しなければならない類の配慮なのだと思います。 しかしそれを生涯し続けたのはやはり凡庸ではありませんよね。

トピ内ID:0555526948

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必要とされていた資質?

🐶
私は、黄石公が張良の度量を図ったのだと思います。 西郷隆盛も小松帯刀との初対面時、帯刀の度量を図る為にワザと失礼な態度で臨みましたよね。 あれと同じではないかと。 ところで、古代中国で必要とされていた資質って何でしょうか?

トピ内ID:8819593483

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中国式に人間性を試す…なるほどね。

041
幸ひ住むと人のいふ
試練を課されて選ばれるのはこういう話の定番ぐらいに思っていました。 ワガママをいったり無理難題をつきつけたりして、執着や拘りのない人格を選ぶ、人を試すというのは、神仙譚にはよくある。 有名なものだと、ある茶店に身なりの悪い老人が来て、店の少女が同情して茶を出すと、老人は口をつけて残りを少女に飲めという。 少女は半分飲んであとは捨てた。 老人は仙人で「お前とは縁がなかったが、半分は飲んだから富貴か長命か、どちらか与えよう」といった。 まあ、この話の場合は「子供だけに考えが足りず」長命を選んでしまったというのがミソなんですが。 杜子春などもいくつか試練を与えられるが、あれも原話では仙人が錬金術の完成のために「非人情な人間」を求めていたことになっています。

トピ内ID:5231014850

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みんなメンターが大好き

041
テキーラ
「みんな爺メンターが大好き♪」 ってことなんじゃないかと思いますが。

トピ内ID:7903371019

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嬉しく思いました

041
蕭何も好き トピ主
ヒストリアン様 お返事ありがとうございました。 後世の創作の可能性は、否定できないかも知れませんね。 一方で、史記の記述は、信憑性も高いようですね。 >張良には「博狼沙の鉄槌」という実績がありましたから 張良のエピソードの中でも、好きなランキング上位5つに入るくらいです。 嬉しく思いました。

トピ内ID:1063862463

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お読み捨て下さって結構です

041
蕭何も好き トピ主
お返事ありがとうございます。 おっさん様 >「謀を帷幄のなかにめぐらし、千里の外に勝利を決した」 人使いの名人劉邦ならではの評価ですよね。 自分が死んだ後の人物の起用を呂后に聞かれて答えたとされる劉邦の言葉が見事です。 ☆様 >私は、黄石公が張良の度量を図ったのだと思います。 天下を左右するような兵法書を授けるのですから、その度量があるかを確かめた、それは、ありそうな気がしますね。 共通に質問頂いた 「中国(古代中国)では、必要とされていた資質」 については、例えば、天下を治める(あるいは王佐)に必要な徳、そのようなことです。 きっかけは、 「朋有り遠方より来たる、亦た楽しからずや。」 は、外交政策を説いたもので、周りの国が自然と親交を求めてくるような政策を良しとする、そのような意味である事を知ったことでした。 それで、もしかして、張良のこの故事にも、別の意味があるかも知れないと思った次第です。 このような事で、あくまで、私の思い付きですから、お読み捨て下さって結構です。

トピ内ID:1063862463

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詳しい人ではないのですが……

😨
よれよれ
小町でこのようなトピが出るとは嬉しいです。久しぶりに、史記を取り出しました。 トピの張良の話、何も深い意味を考えず、単に、英雄とは普通の人ができないことをやってのけるぐらいの意味しか考えてませんでした。 似て非なるものだと、股くぐりの韓信とか(全然違う話でしょうが、普通の人なら怒りで恥ずかしくてできないことを、やってしまうというころで) 史記は激しく怒りっぽい人が登場しますよね。師匠の仇で人を殺したとか……そういう中で、漢王朝の創業メンバーは、大きな目的のためなら小さな怒りを抑えて進んでいったのかな、と。 張良が弟の葬式も出さず始皇帝の暗殺に全財産を掛けたというのも、礼を重んじる中国では異常なことだったんでしょうか。 楚漢の話はすっかり忘れていますので、見当違いのレス、本当にすみません。 私の兄が中国史が好きでした。当時興味がなかったのですが、張良が女のような美形だったなどと話すものだから、それだけ覚えています。 当時は、女性のような容貌というのはハンディだったのでしょうが、今なら、ライトノベルにぴったりの主人公ですね。 知識がないので、トピずれなコメントばかりですみません。 すっかり忘れてましたが、黄石公って黄帝と何か関係あるんでしょうか。黄石公に出会って十三年後にまつったそうですが、そのころはちょうど項羽と争ってた頃なんでしょうか。まだ、漢=土徳は確立してない時代ですよね。五行説は関係ないのかな。(司馬遷の時代には漢=土徳となりましたが) 知らないので適当に書き散らしてすみません。詳しい方のレスが楽しみです。

トピ内ID:8254802037

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キーマンとなる老人が出てきたようなきがします

041
蕭何も好き トピ主
お返事ありがとうございます。 幸ひ住むと人のいふ様 >杜子春などもいくつか試練を与えられるが、あれも原話では仙人が錬金術の完成のために「非人情な人間」を求めていたことになっています。 らしき話を聞いた事があります。 >ワガママをいったり無理難題をつきつけたりして、執着や拘りのない人格を選ぶ、人を試すというのは、神仙譚にはよくある。 三国志などでも、キーマンとなる老人が出てきたようなきがします。 テキーラ様 >「みんな爺メンターが大好き♪」 >ってことなんじゃないかと思いますが。 私は、特有の穏やかさが苦手です。 (だから駄目なのかも。) でも、それは、日本人の場合かも知れませんね。

トピ内ID:1063862463

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補足及び「黄老思想」について。

💡
ヒストリアン
真意が正確に伝わっていないようですので、補足します。 「創作」をなしたのは後世の人物ではなく、張良本人がはったり(虚構)として主張した可能性があるのではないか?と指摘したかったのです。 別レスにあるとおり、「留」の地にて張良と劉邦が会見した時点において、既に劉邦の故郷出身者に基づく「チーム劉邦」は結成されていたのですから、新参者の張良は、劉邦本人以外にも一定の信頼を獲得する必要があり、神秘的なエピソードを自作自演して創作した可能性は高い。 もしかすると劉邦本人が、張良の発言力の強さに対し反発する部下に向かって説得しようとして、とっさに発言したかもしれません。 付記。 張良の言説には、儒教より「黄老思想」の影響が強いと思います。

トピ内ID:1087443164

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気長に考えていきたいと思います

041
蕭何も好き トピ主
お返事ありがとうございます。 よれよれ様 >似て非なるものだと、股くぐりの韓信とか(全然違う話でしょうが、普通の人なら怒りで恥ずかしくてできないことを、やってしまうというころで) 人物評になってしまうのですが、韓信は、気取りすぎる気がしないでもありませんね。 逆に、張良は、「博狼沙の鉄槌」のような人間臭い部分があって、踏み外しを免れているようにも思えますね。 ヒストリアン様 >真意が正確に伝わっていないようですので、補足します。 補足、心しておきます。 >張良の言説には、儒教より「黄老思想」の影響が強いと思います。 参考にさせて頂いて、トピのテーマを、折に触れて、気長に考えていきたいと思います。

トピ内ID:1063862463

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