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「人生ここまでかな」、自分の可能性の限界を感じた時…

レス38
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041
しおん
ヘルス
 同期入社の友人が自分の上司になった時、リストラされた時、何浪しても希望の大学・学部に入れなかった時、30歳過ぎても資格試験に合格できず、就職先も見つからない時、ピアニストになる夢をあきらめた時、仲間の中でただ一人受験に失敗した時、etc.…    何でもいいんですけど、「あ、俺(私)の人生ここまでだったのかな」って感じたことありませんか?強烈な孤独感・挫折感・絶望感・悲哀感にとらわれて、前を向いて生きることに希望が見出せなくなった時。メンタルヘルス的にいうと「上昇停止症候群」…かな?!  そんな時、皆様はどうやって立ち直りましたか?しばらく人生休憩しましたか?それともすぐ次の目標に向けて走り出しましたか?回答していただけたら嬉しいです。

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「ここまで」ってことは「ここからだな」って思う人だよ僕は

041
やじろべえ
うーん、あまり無いなあ。 結果はともかく、努力すれば自分自身はほんの少しでも成長できるわけだし。 「この一年で1%でも成長できた」ってのを何十年も続けたら、すごいことになるじゃないですか!! トピ主さんの価値観には「人との比較」ってのが大きいね。 そうじゃなくて、「自分自身はどうなのか?」ってのが重要だと思う。 だって人との比較じゃ、人に左右される人生だもん。 僕はひねくれ者だから、皆が「これはこうだ!!」ってのに必ず反対したくなる。皆が株価に絶望した時こそ実はチャンスだったわけで、こういった心の浮き沈みこそがキーなのではないかなと。 僕の人生は「なるようになる」です。 流されるわけでもなく、結果に一喜一憂してもしょうがない。 自分が何をしようと頑張ったかが問題だから。 勝敗は兵家の常です。 だから走っているようで休憩してて、自分でも良く分からない。 分からないから面白い。 それでも人生楽しいことばかりですよ。辛いことも今思えば楽しかった。 「人生ばら色」は心の内にありですから、たぶん。

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あまり偉そうなことは言えませんが

041
りゅうりゅう
たぶん自分であきらめた時に可能性って無くなるのでしょう。私は美術家になる夢をあきらめましたが、私の恩師は「才能ってやり続ける事だよ」と言い続けていました。物凄く納得していました。 でも挫折とかではなく違う課題が出てきたと思い、すぐ切り替えて今やるべき事を一所懸命やっているうちに現在に至るといった感じです(小さい会社を経営しております)。 ピカソの父親は美術教師でした。当然ピカソに教えていましたが、ピカソ12歳の時、自分を越えたと自覚し絵の道具を全てピカソに譲り、それ以後絵筆を取る事はなかったそうです。二人の子供の父親となった今は、密かにピカソの父親になろうかと思っております。楽しみの多い人生です。しょせん親以上にはならないかもしれませんが、ひょっとするとトンビが鷹をということもありえるのでは!と思っている今日この頃でした。

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「人生ここまでかな」、とまでは思わなかったけど。

041
はる
「人生ここまでかな」、っていうか、この道ではこれ以上はだめだ、っていう時はありました。 職種は書けませんが、努力や鍛錬で上がって行けるのはある程度までで、あとの要素は「持って生まれたもの」という感じの仕事を目指していた時です。 たとえば、プロ野球選手のような感じ。 鍛えに鍛えれば、代打か代走か、そういう場面で使って もらえるかもしれない、でも、レギュラーにはなれない 程度までしか、自分は、その能力を持ってはいない。 そういう時です。この業界ではダメなんだ、としみじみ解って、その道を諦めた時、その心境は、「あ~~~・・・」この一言でしたね。 「私には出来ないことがあるんだ」と、納得するしかなかった、というか(出来ないことが無い、と思っていたわけではなく、努力で行けるんじゃないかと思っていたので)・・・ うまく言えませんが、受け入れる、しばらく精神的に静養する、感じでしょうか。

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堕ちる準備をしています

041
snark
 もともとの能力が低かったせいか、30を過ぎるまで衰えることを感じなかったのですが、40を超えるあたりから公私ともに頭も体もピークを超えた感じです。  平々凡々と日がな一日テレビでも見て暮らして満足できるように心を切り替えるべく日々努力(?)しております。  

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やりたいことをやる

041
猫の母
普通は人生で死ぬまでにやってみたい事ってひとつじゃないんですよね。私なんて、多過ぎて困っている方です。 さて、物事が上手く行かなくなる(つまり、トピ主さんのおっしゃっている挫折・失敗ですね。)と、凡人はそれを続ける事が嫌になってきませんか?その時に他にもやりたい事があれば、それをやれば良いし、他には何もやりたい事が無いと思えば、嫌でも今やっている事を続けるしか無いでしょう。その道の巨匠と呼ばれる人達には数多くあってきましたが、挫折を知らない人なんて一人もいませんよ。むしろ彼らは紆余曲折があっても、最終的にそれ以外に自分にはやりたい事が無い(出来る事がそれしかないのではありません。)のだと悟った人達です。それを自覚しているから、黙々とその道を歩き続けている。ただ、それだけです。 結局は自分が一番やりたい事をやっていれば人生なんとかなって行くものだと思います。最終的に自分が一番居心地の良い場所を探し出せれば人生幸せなのではないでしょうか? それが、家庭だったって人もいれば、宇宙だったと云う人もいる。それだけの話です。

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私の人生、死ぬまでずっと! 可能性だって死ぬまでずっとある!

041
南十字☆
独身の平社員です。人生を休みたくても休めません。 すっごい挫折かなと思うようなこともありましたが、お呼びでない(古いかな)私が必死になって見苦しくなるよりはと、頭を切り替えたら、それまでずっと待たせてきた自分の夢をかなえる時間ができたのだと割り切れました。それで夢を実現。 (この時すぐに行動したから良かったけど、1年遅れていたら夢も途中で挫折していたと思います。ラッキーでした。) 「ピンチはチャンス」とか 「楽あれば苦あり、苦あれば楽あり」とか、 結構、本当だなぁと思わせられます。 それから一生懸命やっていれば(やっていなくとも)「棚からぼた餅」だって人生にはありますよ。 自分を信じるということは自分の可能性を信じることだと思います。 自分の1つの可能性の限界を感じたとしても、別の分野の可能性はまだ試していないし~と、自分をだましだましつかっている、かな。 誰も私に期待などしていなませんが、私自身は自分に期待しています。 誰にも内緒ですけどね。

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本当の「人生これまで」「じんせいここから」経験者

041
みゆき
「人生これまで」=離婚して心の病気をして、一人で外出もできずに布団の中だけで過ごした孤独の数年間。 「人生ここから」=布団から出て食事が摂れて一人で病院に行けるようになった、その3年後。 現在は離婚後8年経過。病院に勤めています。 夜は専門学校に行っています。 短歌のコンクールに入賞しました。 アララギ系の歌会のメンバーになりました。 数日前、大失恋致しましたが、元気でがんばっています。数人のかたからアプローチされています。 40才手前の者です。 動けない苦しみを知っているので、昨年介護事務の資格も取りました。近年中にお年寄りの話を聞くような仕事に就くことも考えています。

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会社の人事異動で

041
辛口ペッパー
希望した職種に異動になって同期や周りの人達と比べて、「かなわない」「ついていけない」というのを痛感しました。 それまで人一倍、こつこつ努力して頑張ってきたつもりでしたが、それではカバー出来ない人間的な魅力にぶつかったのです、はるさんに近いような感じです。 ドラマとかで意地の悪いライバルや主役を引き立たせる脇役ってありますよね、僕がそんな感じでした。 上司からも得意な部署でどうかと言われましたが、結局退社しました。 理屈ではわかってても、バイキンマンや男女7人の鶴太郎の役割として演じるのが耐えれなかったのです。 部下達にもいいように思われなかったのもありましたし(泣いた赤鬼の青鬼みたい役割や存在でしたから)。 立ち直るというより今でも引きずってるし、時々思い出して苦しくなる事がありますよ(笑)。 自分で言えば立ち直る何かとか次の目標を探すというより、あの頃のようにがむしゃらに結果を出そうとかでなく、日々立ち止まらず歩く事が大事だと考えてますね。 もっと言うと「辞めなきゃ良かった、結構いいポジションにいたのにもったいない」というのも(苦笑) すみません、いいアドバイスにならなくて

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前にもこんなトピあったなぁ・・

041
もう幸せになれないと思った時・・とかいうトピ。消えちゃったみたいだけど。 人生に限界を感じてるのは自分だけ。つまりは自分がそう思わなければまだまだ行けるんですよ。 神様から「はい、ここまでね」って言われたわけじゃないんだから。 人間って、試練の時にはかならず「何か」が与えられているんですよ。自分が今まで気づかなかった「大事な何か」とかね。ある意味チャンスです。 人生って波があるんですよ。上昇したり下降したり。上がりっぱなしの人なんていないと思うよ。 それに、一回思いっきり沈み込んでから大きくジャンプする人もいるし。 人と比べても、何の意味もないじゃない。 あなたはあなたのペースで生きればいいのよ。

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目標は・・・・

041
max
毎日おいしいご飯を食べて、健康で、趣味を楽しめる生活です。そのために一生懸命仕事してます。それだけで幸せです。趣味の一つはジンと葉巻なので不健康ですが(笑)。

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しょっちゅうです

041
ぴーなつちょこ
毎日挫折感ばかり。仕事していても、頭がいい人って、私が1日かけて考えてもわからないことをさっさと原因を追究してかたづけてしまう。 がんばっていても報われない、リーダー業務を他の人にとって代わられてしまった。 もう、強烈に落ち込んで、定年まで働けるんだろうか?と、情けなくて涙する日々。 完全に立ち直ったってわけではないし、根本的解決にはいたらないけれど、他の業種の人と話をすることで、自分が関わっている世界がすべてではないと思えるようになりました。 あとは思いっきり泣いたり、おいしいものを食べに行ったりしてるうちに「私はできるところからがんばろー、要領もよくないけど、その分時間をかけてがんばろー」という気持ちになってます。

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人生いろいろ

041
とく
人生ここまでとは思わなかったけど、その職業はそこまでとかならあります。運命、宿命というのか、何度も努力してがんばって、ある程度まではいっても、それ以上はその道にすすめないというか、その道は自分には用意されていなかったというか、そんな状況がありました。 それに似たようなもので代わりのものをさがしまわっても、やはりないんですよね。だって、そのものはそのものであって、代わりのものはそのものではないのです。 で、しばらく休憩しました。探すのを止めて休憩しながら、趣味とか他のことをしばらくしていたら、それらが次の道になっていました。ああ、この道を進むために前のことはできなかったのだなあ、なんて思っています。全く異なる分野なので、今こうなっていることが不思議です。まだまだ、導入部分にいるので先は長いです。 トピ主さんもがんばってください。

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ローリング・ストーン(落下)

041
挫折はありました。大学院を事情により退学しました。人生ここまでとは思いませんでした。勉学を辞めねばならんことだけが悔しかったです。 自他諸々への恨みはありましたが、同時に「どうやって再度学問を志すか、それとも別のもっと良い道がないか」とばかり考えていました。 異様に前向きだったのは、やり残した感覚が強かったからです。 悩みが晴れる前に、生活に追われるように就職して働き始めて、新しい情報や環境が飛び込んできて、条件反射で生来のバイタリティと器用貧乏が発揮され、否応無く生存本能が再起動して元に戻った感じがあります。 しつこく、働きつつ考えた結果が、幼稚園から好きで、学生時代一時はプロも考えたマンガを、再び本気でやるか、になりました。恋愛や結婚じゃないところが、自分らしいなと思います。結論を出すまで挫折から5年かかりました。 先にとりあえず動いた方が、万事好転するんじゃないのかな。私だけ? トピックを立てられた動機に大変興味があります。トピ主ご自身の挫折体験も是非お聞かせください。

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立ち直ったというより、開き直りました。

041
しんいち
30代の独身男です。 立ち直ったというより、開き直りました。 今の医学では完治できない病気です。ここ数年症状が出てきました。 自分で仕事を始めたのですが、その病気のためあまり働けず、経営者である自分が最前線にたてないため、倒産寸前です。収入も同世代の半分位です。 今後病状が悪化すれば、きつい薬を服用するので子供ができなると言われています。 将来性もない、健康もない、収入もない、多分結婚も無理でしょう・・・・・ 希望が見えませんでした。でも膠原病や癌などの重病で頑張って生きている人をみたら、自分が恵まれている事に気付きました。 世の中には、あなたより不遇な人生でも、がんばって生きている人がいるのだから、あなたにそれができないはずはないよ、人生に失敗はつきもの、だけど後悔しない人生は歩めると思うんです。 がんばれトビ主!!

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ただちに方向転換しましたが…

041
こはる
子供の頃から一流のヴァイオリニストになりたいと思って私にとっては血の滲むような努力を続けてきました。 色んな楽しみや友人との時間を全て我慢して一日10時間近い練習に耐えてきました。 でもコンクールでは入選どまり、本格的なデビューのチャンスには恵まれず、ソリストになりたい願望が強すぎたせいかオーケストラのオーディションもことごとく落ちました。 つらい気持ちと共に、これまでの私の人生の時間なんだったのかと絶望していました。 これ以上人生の時間の無駄遣いはできないとただちに方向転換をはかり大恋愛をして結婚。子供を2人産みました。私幸せになったと思います。 けれど、今でもかすかにモヤッと心の奥がします。 でもヴァイオリンについてあれ以上の努力は不可能だったと思えるので渋々納得です。

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トピ主です

041
しおん
 本当にたくさんの方から返信ありがとうございます。自分の立てたトピ見つけるの、意外と大変でした。    ♪さんの疑問にお答えします。私の場合、大学院入試の失敗で自分の可能性に限界を感じました。あんなに勉強したのに…「ほら見なさい。こんな事なら普通に就活してればよかったのよ(怒)」by親…。さらに自分より後から勉強始めた人が普通に合格…。無駄だったんだ…あんなに遊んでた人が受かってるのに俺は大学時代一体何してたんだろう…自分には生きてる意味がないんじゃないか…もう立ち直れない気がして…  それで投稿しました。挫折を経験しながら立ち直った皆様のお話、励みになりました。    もう投稿から大分経って、返信くださる方いらっしゃらないのかなとも思いますが、どんどん返信受け付けてますので、気軽に投稿して下さい♪  

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人生ここまで=死、かな。

041
はお
「人生ここまでかな」って思うときって、多分自分の死に際かなーって思います。 私も挫折や、目標がかなわなかったことなど経験しています。ここ3年ぐらい、当時の目標から遠ざかってしまい、次の目標がはっきり見えずにもやもやしています。 でもまだ健康だし、先は長いでしょう? ここで「ここまで」だったら、この後どうやって生きたらいいんでしょう?それを思うだけでも辛いなぁ~。目標があったほうがいきいきしません?? 大きな目標がかなわなかった時はそりゃ落ち込みますよ。でもね、それには縁がなかった、向いてなかった、他に自分を生かせる方法があるんだなーって、私は思うんです。それに、その経験自体は全然無駄ではないです。長く生きると色んな経験をする。時には嬉しい、悲しいハプニングもある。それが人生ですよー。

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立ち直り方、というか・・・・

041
やまぽんた
今までの自分の選択が違ってたんだなぁ、 選択したことは、裏目に出たんだなぁ、 と思い、ならば、と 「何かを選択すること」を辞めて、 ただただ、流れに身をまかせて、 流されてみました。 結果、OKでしたよ。はい。 人生、時にはそういう選択もありなのかも。

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限界を感じたとき。

041
Diesel
私もあります。 中学までは常に学年トップから5位を下った事はありませんでした。 高校の時に勉強する事を放棄した私。(どう頑張ってもトップになれないのを痛感。そして放棄。) 洋服に興味があったので、洋服で生活しようと努力しました。 その後専門学校、就職、ファッション界の第一線に立って仕事をしていました。 朝3時4時まで仕事、2ヶ月休みなし、徹夜3日等等体力的に限界を感じると共に精神的にもおかしくなりました。 そして逃げるように寿退社。 その時の心境は、私は逃げるんだ。そして私には無理。 できるだけやった。 そう痛感し、納得したつもりでした。 でも、その後、凄まじい鬱が私を襲いました。 走って走ってどんなに走っても私には無理だった。 体力的に辛い事を社長に直訴して仕事の環境を変えてもらうほど頭が良くなく自分に自身も無かった。 でも私の残した結果は偉大だった。 退職直後は拒否反応が出るほどでした。 洋服の事を考えるとまだ顔がゆがみます。 もう8年も経ちました。 あの時ほど熱中する自分に会えません。 私は何者かになりたかった。 私の情熱はもう湿ってしまったんだろうか・・・。

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本気であること!

041
そら
私は世間的な目を気にして(親含め)、夢をあきらめました。きっとそこまでの自信や信念がなかったのでしょう…。 その後、スキルを身につけるため職に就きパソコンとにらめっこをする日々を2年ほど送ってきましたが、ここにきて体調を崩しました。会社は復帰できず1ヶ月休んでいます。人ごみや電車中がとても怖く外に出られず、TVやラジオも騒がしく感じられ…本当に身動きがとれなくなってしまいました。その間はひたすら自分とむきあいました。体調を崩したことは、きっと結果いい機会です…。 私はこれから、一度、本気で後悔のないくらい夢に挑戦してみます。生活収入を考えながらの挑戦なので大変ですが、とにかく本気!!

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不妊治療をやめたとき

041
ゆうこ
あ、これで私の人生には「出産.育児」はないわ、と思いました。 子供のいない人生を謳歌してやろうじゃないの!と開き直るしかありませんでした。 努力だけでは手に入らないものもあるのだと「足算」で歩んできた人生を見直す最大の契機でした。

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人生が自分の期待どおりにいかないにしても、その意義・可能性は

041
40台男性です。
自分自身の考えの及ぶ範囲を超えているのかもしれないと思います。 私はとんでもない辛い体験はしていませんが、若い頃は自分が友人などに比べてきつい状況のように感じて「死んだら楽だろうなぁ」「鷲(空を飛べて天敵が少なそう)に生まれたかった」などと思うことはありました。年をとりながらいろんな体験、とくに常識的・確率的に考えて起こりそうにない意外なできごとを、喜ばしいこともきついことも体験してきて、「自分が生かされている、導かれている、(宇宙・自然・神様のようなもの?に私が)何かをさせようとされている」感覚が増し、「自分(の力)で生きている、自分の願望を満たしたい」感覚が幾らか減ってきている感じがしています。考えてみれば、どんな人とどんなふうに出会えるかなど、自分の力で起こしたり、あるいは全く意識もしないのに起こってくるできごとの方が、人生の中で随分多いようにも思います(生まれる前に自分で計画しているという説もありますが)。V.E.フランクル(強制収容所に入れられるなど予想外の辛い体験をしながら、自身の人生の意味を考えようとした)の本なんか読んで共感もしました。

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もったいない。まだ自分の可能性の限界まで来ていない。

041
南十字☆
現役の学生さんだから、同学年の学生の中で自分が落ちてしまってとショックだったのかも知れませんが、試験は今年もあるんでしょう? 私の友人も二度目の試験で入院しました。 落ちた理由は担当になる予定だった先生(またはゼミの先生)には確認しましたか? 恥ずかしいかもしれませんが、原因が確認できるならば、確認しておいた方が良いと思います。また、熱意を分っていただくことも大事かと思います(熱意だけでは入院できないとは思いますが)。なりふり構わず、粘らないと自分のしたいことができない場合もあると思います。 勉強だって時間じゃなく、ポイントを理解できるかどうかです。遊んでいるように見える学生さんは時間の使い方・集中力の高め方が上手なのです。 私がトピ主さんならば、自分がしたいことは何なのかを再度考えて、それを得るために一直線に進みます。先に入院した友人達のことも気になりますし、入院後も気になるでしょうが、今は考えません。感傷に浸る前に、たとえ周りから格好悪いヤツと思われても、まず行動を起こすと思います。

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人生の不可思議

041
ゆるり
50才になるパート主婦です。 20代、結婚前に「限界」とまでは行かなかったけれど、ちょこっと挫折感は味わいましたね。 結婚することで自然「休憩」になった訳ですが、奥底では薄々ながら希望は持っていました。 で、40過ぎてからダメ元だと思うからか、プレッシャーなく若い頃にやっていたことがやれるようになり、砂漠が水を吸う如く吸収していきました。 具体的には20代でなかなか取れなかった資格試験に割りと軽く受かったり。パート仕事、と書きましたが、これがかつて夢にまで見ていた職業の助手なんですよ。 ふっとリキを抜いた時、それから「休憩」というのか「一旦ねかせる」ことをした後、かつてあった限界が遠のいているのを感じる。 人生の不可思議ではありますね。

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そんな感じ

041
通りすがり
10年間プログラマをつづけていますが、 11年目のいま限界を感じています。 新しくうまれる技術や、今までとは違う考え方。 ワタシはこつこつ勉強するタイプなので、今この状況に目がまわりそうです。 正直、もうついていけないかもと感じるようになりました。 自分に向いている、続けられる仕事だと思っていたので悲しいです。 これから先どう行くかはまだわかりません ただいま消失点なのか こんな感じでどうですか。

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童話のように

041
腿太郎
ウサギとカメのお話です。 ウサギのように途中でゆっくり昼寝して休みましょう。 競争に負けたっていいじゃないですかぁ・・・。 人生は競争ではありません。

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人生、塞翁が馬

041
なんとかなるさ
いろいろな原因から、何もできないような精神状態を1-2年経験したのですが、結論から言えば、自分と周囲を見直す良いきっかけとなりました。今は客観的な状況は以前と変っていません(むしろ経済的には悪化しているかも)が、自分では、以前よりも地に足を着けて生きているという実感があります。 トピ主さんがショックだったのは、「研究を続けられない(かもしれない)こと」ですか。それとも、「不合格だったから」ですか。前者でしたら、情報を集めて、なぜ自分が今年は不合格だったのかを考え、次の受験に備えれば良いと思います。合格できなかったこと・遊んでいた人が合格したことがショックなのでしたら、もしかしたら、それは、もう一度、どんなことをやりたいのか・やれるのかという根本から考え直す必要があるということなのかもしれません。 今は、失敗したように思えるかもしれませんが、後で振り返ったら、新たなる成功の出発点だったということもあります。  ちなみに、心配性の親や親戚の声は、適当に聞き流したほうが精神衛生上よいですよ。

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挫折だらけです

041
しりうす
周りには挫折知らずの人もいましたが、それは本人が挫折してひねくれたくないから、大きすぎる夢は持たないと言っていました。大学も就職もコネや推薦で入ってましたね。 私はむやみに大きい夢ばかり追って、負けて、の20代をすごしました。 でもそれをそれより小さい夢に変えたとたん、まあまあうまくいくようになりました。 今、その道をゆくべきか、それともまた大きな夢に向かうべきなのか、悩んでいるところです。 でも心のどこかで、ここらへんで落ち着きたいと思っている自分がいる・・・。 気持ちが萎えてきているんでしょうね。 確かに可能性の限界は自ずとやってくるのでしょう。 でも夢が叶うまえの一瞬は、ものすごい幸せがあって、それが忘れられずにまた挑戦してしまうのかな。

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何度かありましたよ

041
達成感はなかったな
ありましたね、何度か。 高校バスケで神奈川代表を目指し死ぬような苦しい練習を耐えたのに5回戦負けした時。第一志望の大学を目指して一年浪人したものの、勉強に集中できず、現役で合格していた大学にも落ちた時。同期入社でド田舎配属になった極小数の一人になった時。TOEIC900点を目指し本気で何年か勉強したのに達しなかった時。フルート演奏で上級者を目指し、結局中級が限度と分かった時 すべて『人生ここまでか』とまでは思いませんでしたけど、挫折感はタップリ味わいましたし、幸福感、絶頂感や達成感は味わったことが余り無かったように思います。能力不足なのか努力不足なのか、恐らく両方でしょうが、それはそれで心残りです。でもまあ、頑張っている時の緊張感なども味わえましたし、結果として今までまあまあ幸せな人生だったなと思っています。『これが達成出来なければもう駄目』と言う気持ちが強すぎたらもっと不幸だったかもしれません。トップに立った人間から見たらレベルの低い妥協なのかもしれませんが、今はこれでよかったのかなと感じています。やるだけやったらそれに満足して結果を受け入れることですかねえ。

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人生は波乗り

041
Q
可能性の限界? それは自分では判断できない。 判断すべきじゃないんだ。 死ぬまで生きるチャンスは来る。 波のように。 波が見えるか、来た波に乗れるか。 Luck is when preparation meets opportunity. いろんな波があるぞ!準備はいいか?

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