毒親という言葉をときどき聞きますが、それなら私の親は猛毒でした。
自分の普通が普通じゃなかったという環境で育ちました。
でも、まわりの人には知られないように、知られないように過ごしていました。
望み通りというか、厄介ごとはごめんだと周りの大人は知らないふりだったと思います。でも私自身家庭を持った今、それは正しいと思えます。誰だって火の粉を被るのはごめんでしょう。
アルコール依存症の親にまともな言葉は通じません。あるのは家庭内という密室で人として許されないことばかり。ときどきの正気のときの仮面に、周りは騙されたふりをしていたように見えます。
やっとの思いで療養所に入ってもらえた時は、長年の酒で脳は委縮していました。亡くなったときは心底ほっとしました。
縁あって、働き者で優しく、酒は付き合い程度しか飲まないという夫に出会い、結婚し、二人の子供に恵まれました。
今日その子が大学受験です。
ふと思い出しました。
私もこの子のように大きな期待と安心を持って大学へ行きたかったな。
上の子は、奨学金を必要とせず、6年生の大学に通わせてやれ、親にはわからない悩みも多いとは思いますが、忙しい生活の中勉学にも励み多くのことを頑張っているように見えます。
私は、夜間大学出身です。
いつもお金の心配と、だから働くことばかりで学ぶことに集中はできませんでした。着る服にも困って、友達のお下がりのありがたかったこと。世は平成だというのに。
この親もとでサバイバルな生活だった私は、何が正しいのかわからず、抜け出すのに時間がかかってしまいました。
子供の成長を感じる節目には、自分の意思に反し、忘れようと心がけていた子供時代を重ねてしまい寂しく思います。
親が亡くなりもう何年たったかは数えていません。
私は墓にも行ったことがありません。
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