本文へ

昭和のエモい喫茶店めし

レス48
(トピ主 14
🙂
ぎんねこ
話題
子供の昭和のころ、親について喫茶店によく行っていたものです。昭和五十年ごろだったと思いますが、ピザトーストという、食パンにケチャップを塗り、とろけるチーズをのせて、その上にピーマンの輪切りを載せてオーブントースターで焼いた軽食があったと思うのですが、自分で焼いたプルマン食パンで家で再現したところ、三十歳の娘に受けていました。 後お昼のよく作るのは、ナポリタン。これに珈琲をドリップで煎れれば、最上です。 皆様の昭和の喫茶店めし、思い出とともに語りませんか。

トピ内ID:e0cece7fcd1a8af4

これポチに投票しよう!

ランキング

レス

レス数48

このトピックはレスの投稿受け付けを停止しました

お気に入りは…

😷
20代の頃、行きつけだった喫茶店は下町の裏道にありました。 その1 「卵とベーコンのスパゲティ」 カルボナーラではありません。卵とベーコンが炒りつけられて、カルボのニョロ~っとした食感が苦手な私のお気に入りです。 その2 焼きそばセット 俵型の小さなおむすび3つ、焼きそば、サラダがワンプレートに乗った人気メニュー。 飲み物は、レイコーです。 この店が40年経た今もあります。 最近というか、この20年顔だしてません。行くしかないな。。。

トピ内ID:cd5c2e323d7e90ff

...本文を表示

行きました

🙂
既婚
小さい頃、休日よく喫茶店で朝とか食べてました。   祖母の家に泊まった朝とかも喫茶店で食べましたね。 覚えてるのは、焼きそば。 鉄板に乗っていて、卵が敷いてある。味が濃くてまあまあ美味しかった。 そして、オレンジジュースは、今みたいに100%オレンジではなく、甘ーいオレンジ色のシロップを割って作っていたもの。 今だと頼まないかな〜 あと、アイスクリームはバニラで、脚付きの銀の器に乗ってて、缶詰のさくらんぼとかみかんとかがチョロっと乗ってました。 もちろん、鉄板ナポリタン卵敷き、は定番。

トピ内ID:d4d06632415fce64

...本文を表示

おいしそうですね

🙂
ぎんねこ トピ主
卵とベーコンの炒めたスパゲッティ、いかにも昭和の喫茶店文化ですね。なんだかよくわからないイタリアンを真似した喫茶店メニューで、完全に和風テースト。そうそうそういうのもありましたね。 焼きそばセット、俵型のお結びが三つついてサラダとワンプレート、美味しそうです。 俵型のお結びというのが、昭和的ですね。 一番古い記憶だと、二歳半のころの子供会の食事会が、家の前の空き地であって、塩辛い俵型のお結びが、お母さんたちの手で握られて出てきたのを覚えています。型で抜いて、握るんですね。 私は城南地区でしたが、喫茶店メニューというとピザトーストを覚えています。ピーマンの輪切りというのが、ポイント高いと思いました。そのころは、ピザソースなんてなかったから、ケチャップでしたね。 子供だから珈琲は飲まず、お紅茶でしたが、あとは渋谷のおしゃれなお店に行けば、プリンアラモードが五百円ぐらいで食べられました。ソーダ水なども、昭和的です。

トピ内ID:e0cece7fcd1a8af4

...本文を表示

王道、ナポリタン

🙂
ロングパスタ
よく連れて行ってもらった喫茶店のナポリタン。 上のウインナーの切れ目が 井 の模様が並んでいるタイプ3本(イケメン従兄は5本並んでいたな)。 しんなりし過ぎないピーマンと玉ねぎと、鉄板の脇はとろとろーんの玉子液で囲われている。 その玉子を絡めながら食べ進むナポリタン。 途中で紙ナプキンで口を拭くと麗しのオレンジに染まっている。 ああ、私は唇をはみ出してケチャップを付けていたのだろうか?レディー失格。 などと反省しながらフォークに美しく巻く挑戦をするが、太巻きになったスパゲッティーを口いっぱいほおばる至福には抗えない小学生だった私。 あの店のあのナポリタンをもう一度あの時の気分で食べたい。 今は美味しいものがありふれていてあまり至福とは感じられないでしょうね。

トピ内ID:61ac70cc170e0820

...本文を表示

ナポリタンとクリームソーダ

🙂
日曜日のお楽しみ
喫茶メニュー、懐かしいですねえ。お店に入ったときの匂いまで蘇って来ました。 私はナポリタンとクリームソーダがお決まりのメニューでした。家では茶色系のご飯なのに、ここでは全てのメニューがカラフルでエモい。ステンレスのお皿に乗ってるのもワクワク感を高めてくれる。父親の頼んだカレールーの容器は魔法のランプのよう。紙ナプキンは三角に折られていて、これにも特別感がありましたよね。 その後「これも美味しいよ」と言われて始めて食べたプリンアラモード。本当のプリンの美味しさに感動したのを覚えています。 ところでデパートの最上階にあった食堂もエモかったと思いませんか? レースの付いたカチューシャとエプロンを着けたウェイトレスさんが、チケットを切っていくんです。その時パチッと鳴るんです。それがものすごく格好良く見えたんですよね。帰宅後、厚紙を切って自主練習に励みました(鳴らなかった)

トピ内ID:da5d30f92664744b

...本文を表示

鉄板スパ

🙂
インディアンスパ
子供の頃に食べた鉄板スパゲティ(鉄板イタリアン/鉄板ナポリタン)です。 ステーキ用の鉄板に、ケチャップメインのソースを絡めたソーセージ入りのスパゲティを盛り溶き卵を流し入れたもの。 これとバナナ味が強いミックスジュースが好きでした。 昭和の喫茶店めしは、名古屋めしとして広く知られるようになりました。 ピザトーストは朝食として家族がよく食べています。

トピ内ID:e17ba08e05276415

...本文を表示

ナポリタンにスクランブルエッグ

🙂
ぎんねこ トピ主
皆さんのご記憶の中にあるナポリタンにはスクランブルエッグがついてくるんですね。鉄板の上に載せられて出てくるなんて最高にエモいです。 あと昭和のデパートの食堂、懐かしいですね。かなり古い四十年代ぐらいのご記憶ではないかと思います。 確かに日本橋に本店を構えるあの老舗デパートも、入り口で国電の切符のようなチケットを販売していましたね。そうそう白いカチューシャに白エプロンの配膳の女性いました。なぜかわからないけれど、ぱちんとハサミ入れていましたね。 あの当時デパートの食堂でよく食べたのは、ホットケーキ。どうやったら、あんな綺麗な円形に焼けるのか子供心に不思議でした。バターやメープルシロップに、アイスクリームが載っていました。 今はデパートのレストランも集合的なものでなく、レストラン街になっていますね。確かにデパートの食堂もエモかったです。

トピ内ID:e0cece7fcd1a8af4

...本文を表示

鉄板ナポリタン

🙂
かとかと
子どものころ、親によく連れて行ってもらった喫茶店で、 鉄板ナポリタンと、ホットドックセットが好きでした。 鉄板ナポリタンは、生のウズラ卵が乗ったナポリタンが、熱々の鉄板の上で食べる前にかき混ぜると、卵に火が通って美味しく食べました。 ホットドックは、中にカレー味のキャベツとウインナーが挟まっていて、パンもトースターでサクッと温められていました。 セットだったので、ミニサラダか、ミニヨーグルトが選べたのですが、いつもヨーグルトを頼みました。 ヨーグルトの上にちょっと乗ったブルーベリージャムを混ぜて食べるのがとても好きでした。 またピザトーストも好きでしたが、ホットツナサンドも好きでした。 これはカウンターだけ喫茶店で頼んだので、作るところが見えるので、家でも真似させてもらいました。

トピ内ID:cd55a4323d793ad3

...本文を表示

あつあつ。

🙂
nene
友人同士で喫茶店に行けるようになると、 家では作らない「ドリア」がお気に入りでした。 ドリアは時間がかかる上に、熱くてすぐにはいただけません。 注文するときには、同伴の友人に許可を取ります。

トピ内ID:0001a23259ce811b

...本文を表示

モーニングセットを思い出します

041
ランラン
ただの厚切りトーストにバターやジャムを塗ったものの横に ゆで卵と塩が付いてくる。 コーヒーと一緒でも280円ぐらいだった記憶があります。 スパゲティの上に必ず飾られたグリンピースや 緑色のソーダ水の中の赤いサクランボが忘れられませんね。 あとソフトクリームは銀色のグルグルした簡単な容器に挿して出てきたかな。 テーブルの上の星座占いは 100円入れると小さな巻いた紙がコロコロ出てきましたよね。 あれって、今もあるのかなぁ。

トピ内ID:e1b01024892876f7

...本文を表示

六本木 アマンド

😷
ぎんねこさん、ご丁寧にレスありがとうございます。 高校生の頃、六本木でバイトしてたんで、待ち合わせは「アマンド」の前が多かったです。だけど中に入った記憶はないんですよね。 今でも六本木通りを皇居方面から車で走ると事が多いので、アマンドをチラ見して懐かしんでます。あの頃とは看板も変わって綺麗になってるんですけどね。

トピ内ID:cd5c2e323d7e90ff

...本文を表示

メロンソーダ

🙂
hhhh
子供だったので、喫茶店には親と一緒。食べ物は覚えていないけど、あのシュワシュワした緑の甘い液体に淡い白のアイス、そして真っ赤に着色されたチェリーのトッピング。これはよく覚えています。

トピ内ID:14d14736d3d6cbd4

...本文を表示

思い出の味

🙂
カメリア
私も父親がしょっちゅう喫茶店に連れて行ってくれました。 良い思い出です。 現在、こちらは田舎であるせいか、喫茶店がほとんどなくなりつつあります。 私のお気に入りの喫茶店メニュー(他の喫茶店ではメニューになかった、オリジナルメニューになります)は、 背割れパンに千切りキャベツ、マスタード、赤ウインナーが2本、トースターで焼いて、出来上がり、お店ではこれを〝ホットドック〟と呼んでました。 赤ウインナーって好き嫌いが分かれますが、私はこの赤ウインナーが大好き。50代になった今も、食べてます。 あ、それから、厚切りにしたトーストも喫茶店で良く食べてましたね。なので食パン専門店で購入すると厚切りにしますし、市販のものは4枚切りの食パンを選んでしまいます。

トピ内ID:d3e29b97b8d266c6

...本文を表示

「めし」ではないですが

🙂
北国生まれ
昭和の子供の頃は胃弱だったので、ナポリタンその他いわゆる喫茶店のめしには無縁だったのですが… その代わりにその頃の喫茶店と言えばホットケーキ。 未だクレープが広まっていない、パンケーキも見当たらなかった時代のこれは、胃弱の子供にも優しく美味いものでした。 特に良かったのは、その上にかけるメープルシロップ。 その当時は、そのメープルシロップが目当てでホットケーキを頼んでいたようなものだったので、ハチミツが出て来ると、ちょっとがっかりしたりしました。

トピ内ID:c8b086af858a0a0b

...本文を表示

赤坂見附のアマンド

🙂
ぎんねこ トピ主
アマンドといえば懐かしい昭和の喫茶店ですね。あちこちチェーン店で、都内にありました。六本木は大学生になった頃、あの前で待ち合わせる人が多いというのは聞いたことがあるけれど、古くは赤坂見附にもありました。高校の入学式前に母親と一緒に赤坂見附のアマンドに入って食事した思い出があります。 ハンバーグだったか、スパゲッティだったか忘れましたが、がっつり食べた記憶があります。洋食が美味しいお店でしたね。 ケーキや焼き菓子もおいしいですね。 昭和の喫茶店というと、インベーダーゲームが一時期はやってありましたが、あの星占い、確かにエモくて懐かしいです。父親が必ず、百円使って占いを購入するように言っていて、百円使うと喜んでいました。 そうそう当時は、モーニングが二百八十円ぐらいでしたね。 名古屋の喫茶店の情報もお聞きしたいです。名古屋の喫茶店文化も厚そうですね。

トピ内ID:e0cece7fcd1a8af4

...本文を表示

思い出あれこれ

🙂
匿名
銀座の不二家。 喫茶店ではないかな。 子供の頃、不二家のホットケーキが憧れのメニューでした。 間に、イチゴと生クリームが挟んであるの。 今ならそんなものは当たり前でしょうけれど、昭和30年代の子供には、もう瞳がキラキラ輝いてしまうメニューでしたね。 あれ?  母は何を食べていたのだろう・・・ 他にどんなメニューがあったのかな。 私の学生時代は、やっとピザが日本でも食べられるようになった頃でね。 新宿の「シェーキーズ」に友達とよく行きました。 あ・・・でも、これも喫茶店ではないですね。 喫茶店だと、スパゲティ(当時はミートソースとナポリタンしかない)かサンドイッチ。 あとはオムライスもあったけれど、私はナポリタン派だったなあ。 友達が「フォークにくるくる巻いて食べるのよ」とか言ってたけど、 私はなんかわざとらしくて嫌で(笑 普通にすくって食べていました。 その頃、チーズトーストの美味しい喫茶店が渋谷にあってね。 確か「ピーコック」という名前で、絵画が飾られてありました。 東急本店の近く。 家庭では6枚切りの食パンだったけれど、そこのは分厚くてフワフワの食パンに、チーズを載せてトースト、なんかお洒落だなあと思ったものでしたね。 ずっと都内在住の66歳です。

トピ内ID:9c5d1cdab63c2e28

...本文を表示

自由が丘のピーコック

🙂
ぎんねこ トピ主
ピーコックは古くは小学生の頃名前は聞いたことがあります。自由が丘にもお店があるのではないですか。でも、入ったことはなかったですね。厚切りのチーズトーストを出すお店なんですね。 シェーキーズは古くは学生のころ友達とはいったかなぁと思います。沖縄出身の友達に教えてもらいました。もしかしたら、沖縄本島にもお店があるのかもしれませんね。 ナポリタンは、良くお昼に作りますが、もともとは横浜のホテルの発祥のスパゲッティだったと聞いています。昭和のエモいナポリタンは、マーガリンを油脂に使っているとテレビで言っていた気がします。 ホットドックは、これは昭和的なメニューで、高校のお昼を売る購買では、なぜか、餃子がはさまれていて餃子パンとか、焼きそばが挟んであって、焼きそばパンというバリエーションがありました。オーソドックスに、ホットドックで良かろうにと思うのに、女学生の私は、それらのパンを買っていました。 コッペパンというと、どうしても、昭和初期の日本を思い出します。非常に東京としてもエモい喫茶店メニューだと思います。

トピ内ID:e0cece7fcd1a8af4

...本文を表示

ドリアは昭和の終わり近くからはやった

🙂
ぎんねこ トピ主
ドリアというメニューは、昭和五十年代の終わりごろ、喫茶メニューになった記憶があります。 ご飯に魚介の入ったホワイトソースをかけてオーブンで焼いたもので、手軽な軽食ですね。 昭和四十年代にはなかったですね。どの店から流行ったかわかりませんが、都心で、学生のころ食べた記憶があります。 後不思議だったメニューにはスパゲッティドリアというメニューもありました。ご飯の代わりにスパゲッティを使うものでした。あとグラタンも喫茶メニューですね。 昭和も終わりごろになると、オーブンを使ったものが出てきたように思います。グラタン専門店やキッシュ専門店も都心に出てきましたね。 若い頃はいった記憶があります。

トピ内ID:e0cece7fcd1a8af4

...本文を表示

ぎんねこさま。ピーコック

🙂
匿名
自由が丘にあったのは、スーパーです。 下北沢には今もあります。(ないかも) 私が食べたのは、喫茶店のピーコック。 当時、スーパーと同じ名前だなと思ったものでした。 紛らわしい書き方して、すみません。

トピ内ID:9c5d1cdab63c2e28

...本文を表示

ピーコックの回答ありがとうございます。

🙂
ぎんねこ トピ主
自由が丘のピーコックは有名でしたがスーパーだったんですね。失礼いたしました。 銀座の不二家は、本社があるお店ではないかと思いますが、不二家の洋菓子は、昭和四十年代の子供の憧れでしたね。各町に必ず一軒あり、ペコちゃんのお人形が店頭にありました。 その不二家のレストランで食べられるホットケーキは、さぞ絶品でしょう。美しいのが目に浮かぶようです。 私が焼き菓子を焼くようになったのは、不二家の洋菓子店が商店街にあり、美味しいプリンやケーキをお小遣いで買っていたからです。 一度でいいから、不二家のレストランに行ってみたいです。

トピ内ID:e0cece7fcd1a8af4

...本文を表示

ナ、ナポリタン、、、

🙂
アラカン
名古屋周辺の喫茶店激戦区に住んでます。 昔も今も喫茶店大好き。 レス読んでると50代以上の方でもナポリタンという言葉が普通に出てくるのですね。 今アラカンの私が20代くらいのころはイタリアンと呼んでいたと思います。 でも今の若い子はやはりナポリタンと呼びます。 名古屋とその周辺のモーニングサービスは有名ですが、昭和の時代はもっとシンプルでしたね。 トーストとゆで卵が定番。 私が大人になったころにはすでに定着していたし、モーニングタイムが終わっても何かしらのサービスがあったのでそういうものだと思ってました。 遠隔地から転勤してきた同僚に「他所の喫茶店ってコーヒー注文したらコーヒーしか出てこないの?」と聞いて笑われました。 喫茶店めしと言われてイメージするのはやはりパスタやサンドウィッチ、やきそばですが、ランチも普通にあります。 揚げ物などの肉料理とご飯、味噌汁のセットです。 お店によってはラーメンやうどんまであったりします。 昭和期から普通にあったと思います。 転勤族の人たちに「このあたりは喫茶店で昼ご飯食べるんだね」と言われて、「えっ。他所では違うの?」と聞いたら「喫茶店には軽食しかないよ」と言われました。 日本全国転勤してるといろんな文化に触れて面白いでしょうね。 私は井の中の蛙丸出しです。

トピ内ID:c2ba44eafac1eaa1

...本文を表示

クレープグラタン

🙂
ももぞう
昭和50年代の話です。 渋谷の公園通り(路面店)と、下北沢のピーコックの2階(だと思う)に同じ喫茶店があったんです。もう名前も思い出せないけれど。 そこのクレープグラタンが大好きで、友達と通い詰めたのが懐かしい。 エビのクリームソースをクレープで巻いた物が2本、それがグラタン皿に入っていてホワイトソースで焼いてある。最近のなんでもチーズ味のグラタンとは違い、優しい味でした。 トピックの皆さんの書き込み読んで思い出しちゃいました。 何とか味を再現しようと、当時の私は家で試行錯誤してみたけれど、全く近づけなかった。喫茶店の逸品ですね。 って、書いていると行動範囲と利用路線が判っちゃいますね。 ちなみに、自由が丘のピーコックは現在建物ごと無くなってまして、新しい建物が立つ前の更地になってます。 喫茶店めしでもうひとつ記憶に深いのは、スパゲティバジリコ バジルじゃないです。掛かってるのはパセリ。 玉ねぎとピーマンとのバター炒め塩味。これは容易に再現できます。単純だけれど意外と美味しい。パセリは重要です。

トピ内ID:741c5897826f3a8c

...本文を表示

名古屋の喫茶店事情

🙂
ぎんねこ トピ主
普通にお昼が、揚げ物やお味噌汁、ラーメン、うどんと出てくるところが、名古屋的ですね。関東だとコメダ珈琲が出店していますが、まさにサンドイッチやバーガー類のほか、揚げ物やグラタンまであるのは、リトル名古屋。それに、ポリューミィで食べ応えあるところが嬉しいです。 モーニングはシンプルに、珈琲を頼むと、卵とトーストが出てきますが、餡子やバターを追加して、小倉トーストにもできるのが名古屋的。トーストに餡子というのがまた絶妙です。 またコメダに行きたくなりました。又かかっている音楽が昭和チックでエモいため、ファンが集います。 クレープグラタンというのはまたおしゃれな食べ物ですね。都心の流行通信を見るようです。公園通りのお店ということですが、さすがに渋谷です。 渋谷を徘徊したくなりました。 ナポリタンの名称は、私の子供のころは一般的でしたが、都心お店の中には、一店ぐらいはイタリアンというメニュープレートがあったような遠い記憶もあります。

トピ内ID:e0cece7fcd1a8af4

...本文を表示

窓際のトットちゃん

🙂
大好きな本
自由が丘のピーコックストア。そこは昔、黒柳徹子さんが通ったトモエ学園があった場所だそうです。 喫茶店とは関係ないし、行ったこともないのですが、あの本が大好きでずっと手元に置いて大切にしているんです。これもエモいかな?と思いまして。

トピ内ID:da5d30f92664744b

...本文を表示

何度も失礼、楽しいトピックなので。

🙂
匿名
ももぞう様 下北沢ピーコックの2階か3階には、「小清水」という和食のお店(座敷もあって、忘年会なども)と、喫茶店があったと思います。 ただ、喫茶店の名前は・・・・憶えていません。残念。 ぎんねこ様 銀座は割と近かったし、母の用でよく一緒に行ったのですが、お昼はデパートのお好み食堂が多かったですね。 もちろん、そこも美味しかったけれど(お子様ランチとか、プリンアラモードとか)不二家の苺ホットケーキは特別でした。 この歳になっても、あのワクワク感は忘れられません。 今の子供達はもう美味しい物で満たされているでしょうから、私みたいなワクワク感は理解できないかな。 良いことだけど、ちょっと寂しいことかも。

トピ内ID:9c5d1cdab63c2e28

...本文を表示

アマンド、シェーキーズ、懐かしいです。

🙂
たろう
私の喫茶店は神保町交差点の「さぼうる」。本買って、そこで読むのが好きでした。 大盛りナポリタン。でも、やっぱり、アメリカンとマイルドセブン。昭和の大学生。 せっかくのお話中、タバコ臭くなってしまいました。みなさん、ごめんなさい。

トピ内ID:c2ce606c260c5312

...本文を表示

昭和の子供の憧れ、プリンアラモード

🙂
ぎんねこ トピ主
昭和40年代の百貨店の食堂で、記憶にあるのは、プリンアラモードや、緑色のソーダ水(アイスクリームやチェリーが入っている)、銀器に載ったアイスクリーム、ホットケーキなどでしょうか。 プリンアラモードというと、フルーツが細長い足のついた高坏を横長にした容器に、プリンを中心にちりばめられたもので、ただのプリンが三百円ぐらいに対し、五百円以上するものでした。ウサギりんごが載っていたり、りんごが菱餅みたいに段々に綺麗に切ってあったり、バナナや缶詰フルーツと生クリーム時にはアイスクリームが載っていたりしました。当時の子供の憧れでしたね。 緑色のソーダ水に関しては、家で味が真似できないかと模索して、かき氷のメロンシロップを炭酸水で割って氷を浮かべたりしました。当時は、市販のジュースの中に、ソーダ水という名の飲物はなかったです。 緑色のエモい色彩は、やはり昭和の喫茶店の味だと思います。 どうしても、お店の前で見たロウでできたサンプルが、エモく思い出されます。

トピ内ID:e0cece7fcd1a8af4

...本文を表示

クレープグラタン

🙂
猫舌
と聞いて思い出しました。80年代に私がバイトしていた千駄ヶ谷のお店にもそのメニューがありました。 そのお店では「オムライスグラタン」と言うメニュー名でした。チキンライスの上にクレープをかぶせその上からWソースやチーズをかけてオーブンで焼いた物でした。見るからに美味しそうで、仕事の後バイト割引で食べた事があります。実際とても美味しくて人気メニューでした。当時780円だったと記憶しています。そこは喫茶店と言うよりカフェでしたね。その数年前にカフェバーなる言葉が流行っていました。 銀座の数寄屋橋の不二家は70年~80年代に家族でたまに行ってました。甘い物のメニューは沢山あるしお土産用のお菓子も色とりどりで、お店を訪れる度にワクワクしていましたね。

トピ内ID:0f6a2eabc440bbdb

...本文を表示

ワクワク

🙂
エステー
喫茶店とはちょっと違いますが、昭和40年代~&ナポリタン繋がりで。 50年ほど前になりますが、東銀座(歌舞伎座の近く)に文明堂レストランがあって、そこでの洋食弁当(正式名は分かりません)の中に入っていたナポリタンが、私にとっての初ナポリタンです。 松花堂弁当の洋食バージョンで、大きめのお重にいくつか仕切りがあって、ハンバーグやナポリタンなどが入っていて、子どもにとっては玉手箱のようでした。 最後に、クリームソーダかチョコレートパフェを頼んでも良いと親に言われても、お腹いっぱいで、中々食べられなかったのも良い(悔しい?)思い出です。 デザートが食べられなかった時は、帰りに、1階で(レストランは2階)プラ製のメロンカップに入ったアイスクリームを買って貰うのも楽しみでした。(何故かカステラは買って貰った事無かった・・・) 年に数回、築地の我が家から東銀座まで家族5人で歩いて行くこの外食が、私にとって一番贅沢でワクワクする時間でした。 30年前に兄の結婚の際に、打ち合わせがてら、久しぶりに家族で訪れた時に、内容は同じだったか忘れましたが、やはりメニューにあって感激しました。 更に20年後の今、HPで確認したら、今はメニューになさそうです・・・残念。 でも、カフェとしては残っているようなので、今度行ってみたいと思います。 久々に懐かしい場所を思い出しました・・・トピ主様ありがとうごさいます。

トピ内ID:841d0c233ce75d11

...本文を表示

エビピラフ

🙂
ともろん
楽しいトピをありがとうございます。 53歳主婦です。 昭和50年代 父に妹と連れられてよく行きました。父は競馬新聞を持って、煙草を吸って(笑)懐かしいです。 私はエビピラフが好きでよく食べていました。妹はホットケーキ。父は具が肉だけのカレーを食べていました。 50年代後半になると、友達と行くようになりました。 店名「シャノアール」だったかな? ちなみに埼玉在住でした。 ピザトースト、玉子トーストが、ハムトースト。あと、ビックパフェ。 アイスととろけるチョコと、上にフレークがトッピングで280円。もちろん消費税はなし。 友達とお喋りしてましたね。 懐かしい想い出です。

トピ内ID:e0c1387fcd0f01b6

...本文を表示
[PR]
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
使用イメージ
使用イメージ

マイページ利用でもっと便利に!

お気に入り機能を使う ログイン
レス求!トピ一覧